「きれいだね」「うらやましい」が傷になる理由 ルッキズムの新たな視点
「きれいだね」「うらやましい」が傷になる理由

「きれいだね」「うらやましい」――こうした褒め言葉は、一見すると相手を喜ばせるはずのものだ。しかし、見た目問題の当事者にとっては、過去に「ふつうじゃない」と扱われてきた傷を呼び覚ます可能性がある。『つまり、それがルッキズム ~23の事例と解説~』(講談社)の事例を通じて、その複雑な心理を探る。

「変なの」から「うらやましい」へ、変わらない傷

小学生のころは「変なの」と言われ、中学では「校則違反な明るい髪、ずるい」と言われ、今は「きれいでうらやましい」と言われる。外見に対する周囲の評価は変化したが、当事者の心には「ふつうじゃない」というレッテルを貼られた過去の傷が残り続けている。手のひらを返したように発言が変わるまわりに対して、過去の傷を「なかったこと」にはできず、戸惑いを感じているという。

「うらやましい」が傷になる瞬間

見た目問題の当事者たちは、さまざまな場面で「自分はふつうじゃない」と思わされてきた。善意の発言であっても「いいな」とうらやましがったり、「私は気にしない」と言うこと自体が、「ふつうじゃない」と相手にリマインドすることになる。彼らが実際に感じる疎外感や苦しみは、もっと知られるべきではないだろうか。

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私たちにできること

私たちにできるのは、「知ること」だ。知識を持つだけでも、見た目問題の当事者に対する声かけや視線は変わる。相手に歩み寄ること、それは見た目問題だけでなく、ルッキズム全体において同じことが言える。もしかしたら、華も、今後大きな困難にぶつかるかもしれない。就職活動で、恋愛で、人生のさまざまな場面で、見た目問題と向き合うことがあるかもしれない。そのとき、親友の麗香を始めとした、彼女を理解している仲間たちがいっしょに悩み、戦ってくれたらいいな、と願っている。

「褒めること」の難しさ

容姿を褒めることが必ずしも相手にとって良い影響を与えるとは限らない。特に、過去に外見で差別された経験を持つ人にとっては、褒め言葉が逆に「自分は特別視されている」という感覚を強めることがある。悪気のない一言が、相手に「正解の押し付け」になる瞬間があるのだ。

ルッキズムの問題は、単に「外見で判断しない」というだけでは解決できない。相手の歴史や感情を理解し、適切な言葉を選ぶことが求められている。

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