箱根駅伝で近年、シード校の常連となっている城西大。2024年大会には過去最高の3位に食い込み、強豪校を驚かせた。チームが成長し、五輪や世界選手権代表など日本トップクラスのランナーも輩出している背景には、櫛部静二監督が追究してきた、低酸素トレーニングがあった。
大学にいながら「高地トレ」
埼玉県坂戸市の城西大坂戸キャンパス。陸上トラック脇にある総合体育館の中に、ガラス張りの部屋がある。約80平方メートルの部屋には、専用の機械で低酸素を送り込み、標高2000~2700メートル相当の環境に設定されている。
室内にはランニングマシンやバイクが並び、その前にテレビが置かれている。選手たちは、五輪や世界選手権のレースなど気持ちを盛り上げる映像を見つめながら、学内で高地トレーニングと同様の環境で走り込むことができる。
監督が低酸素トレに興味を持ったきっかけ
櫛部監督が低酸素トレーニングに興味を持ったきっかけは、山口・宇部鴻城高時代に2度出場した世界クロスカントリー選手権。「全力でスタートしてもアフリカ勢はずっと前にいる。この違いは何だ、生活環境なのかと、高地トレーニングに興味を持った」
実際に高地トレが実現したのは、現役終盤の2000年ごろ。知人を介してエチオピアの首都アディスアベバに滞在。標高2400メートルで走り込む世界トップクラスの選手たちを目の当たりにして、「こちらがジョギングだけで苦しいところで、時には3000メートルほどまで走って上る厳しい練習をしている。改めて、こういう練習をしなければ勝てないと痛感した」。
01年に城西大コーチに就いた後も、米ボルダーなどで高地練習を重ね、自身を実験台に知見を蓄積した。その結果、02年にマラソンの自己記録も作ったが、既に全盛期を過ぎていた。「低酸素トレへの適応は若い方が優れている。経験を指導に生かすしかない」
手作りの低酸素室から
09年に監督就任。ただ、学生を頻繁に高地へ連れて行くのは現実的ではない。思案していたところ、12年ごろにポータブル型の低酸素発生機器が開発されたのを知った。最初は睡眠時にテント内で使用。徐々に台数を増やし、14年ごろから手作りで密閉処理した低酸素室での練習を始めた。



