エージェンティックAIの本格化に伴い、日本のIT部門では役割の形骸化による「ソフトなリストラ」が進行している。ITmediaエンタープライズ読者調査(2026年4月実施、回答数500件)によると、2026年度のIT予算編成における優先事項として「生成AIの利用・導入」を挙げた企業は59.2%に上り、中長期施策でも62.8%と高水準だ。
しかし、経営層がAIに期待を寄せる一方、IT部門の実務担当者が直面する現実は異なる。定型化された運用業務やマニュアル化された保守領域がAIに代替されることで、自身の役割やポジションを失うことへの懸念が高まっている。
「ソフトなリストラ」の実態と米国型との違い
米国をはじめとするグローバル企業では、不採算・非コア部門からリソース(金と人)を引きはがし、AI領域に再配置されている。対象は先端技術の開発者にとどまらず、社内ITサポートやヘルプデスク、定型的なシステム保守運用など、これまで手作業に依存していたIT・バックオフィス部門も削減や再編の対象となっている。
これらのグローバル企業に共通するのは、単なる不況対策のコストカットではない点だ。AIに置き換え可能な領域の人材を切り込み、そこで浮いたリソースをAIエージェントの構築やデータ基盤整備といった領域に集中させるという構造改革が進んでいる。
こうした波は、当然日本にも押し寄せている。ただし、久松氏が強調するのは、日本企業におけるAI起因の人材整理が、米国型の「一斉解雇」とは異なる形で進行するという点だ。解雇に対する法規制や判例法理が厳しい日本では、経営判断によるドラスティックな大量解雇は起こりにくい。しかし、それは決して「安全」を意味しない。
「個人の役割を段階的に奪い、組織から切り離していく構造変化が始まっています。これは解雇ではありませんが、存在価値の形骸化による『ソフトなリストラ』にほかなりません」
同じくITmediaの媒体である「キーマンズネット」が実施した「IT人材に関する意識調査」(実施期間:2026年5月20~29日、回答数149件)では、AI代替に「強い危機感」を抱く層は12.8%にとどまる。しかし久松氏は、この数字は安心材料ではなく「まだ認知事項に追いついていないだけ」だと警鐘を鳴らす。
同氏が見た実態として、地方の有力企業などでは現在もFAXを中心とした業務が残っており、変化の必要性が認識されていないケースも多い。だが、経営層に近いマネージャー層がAI前提の組織改革を急ぐ一方、現場メンバーが目の前のスパンでしか業務を捉えられていないギャップが臨界点を超えたとき、手元で業務をマニュアル化させ「自分の居場所」に立てこもるメンバーから居場所を失っていくという。
エージェンティックAIが破壊する「画面を作る仕事」
「ソフトなリストラ」を加速させる技術的背景として久松氏が挙げるのが、システムアーキテクチャの変化だ。これまでIT部門の主要な役割の一つは、業務部門が操作するための「画面(UI)」を要件定義し、長年にわたって維持管理することだった。
「エージェンティックAIが本格化すると、システムの在り方は『ヘッドレス(画面を持たない)』になり、画面は使い捨て可能なものに変わっていきます」
複数のAIエージェントが自律的に動き、裏側でデータベースやAPIを直接呼び出してシステムと対話するようになれば、UIを作り込む工程も、その画面を長年保守してきた業務も消滅していく。
代わりに重要性を増すのが、AIエージェントが動きやすい環境を整える「裏側のデータ整備」だ。読者調査でも「データ活用基盤の整備」は単年度16.6%、中長期20.6%と伸びており、その目的のトップは「生成AIのためのデータ整備」となっている。IT部門の役割そのものが、UI保守といった従来型の業務から、AIが機能するためのデータ基盤を整備・統制する役割へとスライドすることを物語っている。
合弁会社スキームと「PIP選別」の仕組み
日本においても、厳格な解雇規制の下で実質的な人材適正化を進める動きが本格化している。大手企業を中心に早期退職募集やネクストキャリア支援(社外転進支援)プログラムの導入が相次いでいる。
IT部門に無関係ではないのが、バックオフィス人材を対象とした「合弁会社スキーム」の広がりだと久松氏は指摘する。一部の大手企業では、コンサルティングファームと共同で合弁会社を設立し、バックオフィス部門の社員を出向で丸ごと移すという形が広がりつつあるという。
問題はその後だ。久松氏によれば、出向先で数カ月後に「PIP」(Performance Improvement Program)に近い評価が実施されるケースがある。AIツールや新しい業務プロセスに順応できるかどうかを評価するもので、結果に応じて対象者には「直ちに自主的に辞めるか」「PIPをもう一度受けて合格して残るか」「あるいは、落ちた段階で基本給半分の退職パッケージをもらって会社を辞めるか」といった選択肢が提示されるという。
「かつて2010年代前半のクラウド移行期に、スキルチェンジを拒んだオンプレ担当者が社内で行き場を失っていったのと同じシナリオが、今度はAI代替という形で繰り返されようとしています」
この変化は、実際にIT部門のマネジメント現場にも波及している。久松氏のもとに寄せられる相談内容が、この1~2年で明確に変わったという。
「2024年は『どうやってエンジニアの給料を上げるか』という相談ばかりだったのが、2025年辺りから『給料は高いけれど、日報を読んでも何をしているか分からないメンバーを、合法的に低位評価にするための人事評価ロジックを実装したい』といった相談が急増しています」
IT部門が生き残るための「4つの役割スライド」
では、IT部門の実務担当者が「居場所」を確保するにはどうすればいいのか。久松氏は、AI前提の組織における需要構造から逆算した4つの方向性を示す。
1. 複数のAIエージェントを操る「ビジネスSE」
AIエージェントが自律的にコードを書く今、コードそのものの市場価値は下がる。代わって重要性を増すのが、業務部門の本質的な課題を解決し、AIへの明確な指示に翻訳できる人材だ。複数のAIエージェントを部下のようにマネジメントし、成果物を検収・統合する高い視座が求められる。業務部門との接点を長年担ってきたIT部門の実務担当者にこそ適性がある領域といえる。
2. ベンダーを「使い倒す」発注者
SaaSやAIサービスの導入が進むほど、IT部門に求められるのは自ら手を動かすことではなく、ベンダーやFDE(フィールドデリバリーエンジニア)を的確に使い倒す発注者としての力量だ。ベンダーマネジメントとカスタマーサクセスの受け手側のスキルが、IT部門の中核業務として上がってくる。
3. 最終責任を負う「AIセキュリティ・ガバナンス」
AIを利用した攻撃や、セキュリティ標準規格などへの対応に、金融機関のIT部門などは既に追われている。AIによる自動テストで大量のバグが検出される中、「このパッチを本番に適用してよいか」という判断をし、責任を取る仕事は人間にしか担えない。この判断責任こそ、IT部門が組織内で失ってはならない機能だ。
4. 「そこそこのスキル」×「ドメイン知識」
見落とされがちなのが、この組み合わせだ。特定のSaaSの設計構成といったスペシャリストは汎用性が効かず、社内の配置転換すら難しくなる。久松氏のもとにも、特定業務に特化したパッケージ導入を長年手掛けてきたあるエンジニアから「現在の担当領域を離れて、一般的な開発業務に移りたい」という相談が寄せられたという。同氏は「自社業務のドメイン知識こそが最大の強みであり、それを捨てて単なるプログラマーになれば自身の市場価値を下げることになる。ドメイン知識を軸に、該当領域のシステム活用やDX推進を極めるべきだ」とアドバイスし、安易なキャリアチェンジをとどまらせた。
「そこそこのスキル」×「自社業務のドメイン知識」の掛け算こそが、AIに代替されにくく、IT部門の中で長期的に価値を持ち続けるバリエになる。
予算がない中でどう戦うか——IT部門の「防衛戦」
もっとも、こうした役割の変化に踏み出せるIT部門ばかりではない。「ITmedia エンタープライズの読者調査」でも、インフラ最適化の最大の壁として「IT予算が確保できない」(37.2%)が挙げられている。
この状況で、まず着手すべきは部内の業務内容と所要時間の詳細な把握だ。ヘルプデスクや定型業務を担当するメンバーに定型業務を意図的に集約し、上位担当者の体を空ける。空いたリソースをデータ基盤整備や上位業務に振り向けるのが出発点となる。
次に、数百万円かけて基幹システムを刷新する予算がなくても、既存システムにAPIを連携させ、周辺をSaaSやAIと組み合わせでつなぐことは可能だ。既存システムの課題解決に向けた施策の調査でも「APIによる組み合わせ化」は40.7%で最多となっている。
なお、高額な利用コストに見合わない単なる帳票書き分けの自動化など、費用対効果の低いAI活用施策は、コスト意識の高まりを背景に経営層から厳しい見直しを浴びせられる可能性が高い。IT部門は、AI導入におけるROI(投資対効果)の検証と説明責任を先回りして果たしておく必要がある。
IT部門が担って立つ「器」への目配り
AIの普及を見越して、多くの企業は新卒採用を絞り、組織の「スリム化」を進めつつある。IT部門もその流れの中にあり、頭数の増員ではなく既存メンバーの役割再配置で乗り切ることが求められる。
ただし、久松氏はIT部門の視座を「自社内での生存」だけに絞るべきではないと指摘する。東証の上場基準厳格化やVCのファンド償還期などを背景に、中小企業やスタートアップではM&Aを出口戦略として見据える傾向が強まっているためだ。AI活用で生産性や評価額(バリュエーション)を高めた上で事業売却を図るケースは今後さらに増えていくという。
つまり、IT部門が依存する「所属企業」という基盤そのものが、想定以上のスピードで再編される可能性がある。マニュアル化したルーティン業務や独自の運用体制を築き込んだところで、経営体制が変われば、長年守ってきたポジションや業務プロセスは刷新されてしまう。
「個人のキャリアの寿命が、所属企業の寿命を上回る時代であるという現実を見据える必要があります」
現在の職場でルーティン業務をAIに移管し、捻出した時間で「データ基盤整備」「ベンダーマネジメント」「AIセキュリティ・ガバナンス」といった汎用性の高い領域へ自身の役割をスライドさせる。特定の組織に依存せず、ポータブルスキルを高めたIT部門へ転身することこそが、変化の時代における確実な生存戦略となるだろう。



