社内のアイデアコンテストの発表会で「AIで動画を作ってみました」と切り出した社員が、会場から大きな拍手を求めていた。上映された映像は確かに映画さながらで、一人で作ったとはとても思えない出来栄えだ。しかし、その動画が業務にどう役立つのか、最後まで理解できなかった――。
AIを使った新たなアイデアが、今の職場では求められている。似たような光景は、今、多くの企業で繰り返されている。生成AIが職場に浸透し、社内でAI活用を促す動きが活発になった。しかしその活用・推進が空回りしているケースが目立つ。
職場に漂う「AIを使って何かしなければ」という切迫感
生成AIを使いこなさないと現代のビジネス環境では取り残される――そんな焦燥感からか、昨今多くの企業が、社員から「AI活用アイデア」を募るコンテストを実施している。
そして、優秀なアイデアをもたらした人には賞金などのインセンティブを付与する。そんな催しが開かれているという話を、仕事上よく聞くようになった。
そんなコンテストには「生成AIで動画を作ってみた」「全社データを学習させたAIエージェントを作った」といったものが集まってくる。プレゼン資料は一見華やかに整っていて、AIエージェントという言葉の響きがいかにもスマートに聞こえる。そしてそういう発表ほど評価されやすい。なるほど、我が社もAIを積極的にビジネスを取り入れるために、活発な議論がなされるようになった。よかったよかった――。
評価されるべきはアイデアの中身
本当にそれでいいのだろうか?
素晴らしいアイデアがあったとして、それがAIを使わずに生まれたものだったら、評価されないのか。ノートに手書きでアイデアを書き出し、何度も練り直して形にした人がいたとする。そのプロセスがもしアナログだったら、評価に値しないのか。
そんなはずはない。コンテストが本来問うべきは、アイデアの中身だ。そのアイデアを生み出すプロセスに、AIを活用していたかどうかは本来関係ないのだ。
何がありがたがっているのか、見えなくなってきている。



