商船三井クルーズが就航させた新造船「MITSUI OCEAN SAKURA」(三井オーシャンサクラ、以下サクラ)の船内は、非日常に満ちている。1人1泊あたり平均10万円という高単価ながら、飲食からエンタメまで追加料金ゼロの「オールインクルーシブ」を採用。さらに日本船籍の強みを生かして「外国港への寄港義務」を撤廃し、瀬戸内などの景勝地を2〜3泊で巡る「パスポート不要の国内ショート旅」を実現した。
狙うは「現役働き盛り世代」 先行走ったFUJIの教訓
同社が照準を合わせるのは、富裕層ではなく「現役働き盛り世代」だ。先行船「MITSUI OCEAN FUJI」(三井オーシャンフジ、以下フジ)の苦い敗戦を糧に調製した2隻体制の勝算と、2030年に100万人市場を目指すクルーズビジネスの最前線に迫る。
向井淳一(むかい・じゅんいち)氏は1992年大阪商船三井船舶に入社、2018年フェリー事業部長、23年商船三井常務執行役員ウエルビーイングライフ営業本部長、24年4月から商船三井クルーズ社長を務める。1969年生まれ。
「好循環が需要を呼ぶ」 100万人市場へ向けた追い風
商船三井クルーズは9月16日、横浜港でサクラのお披露目セレモニーを開催した。会見で向井社長は「2030年までにクルーズ人口100万人を目指す政策方針の下、新造船の就航や寄港増加によって好循環が需要を呼ぶ好循環に入りつつある」と市場の追い風を強調。その上で「2024年に就航した『フジ』に続き、9月就航した『サクラ』の2隻を着実に安定運航させ、需要拡大に貢献していきたい」と語った。
日本のクルーズ船では、日本郵船の子会社、郵船クルーズが新造船の「飛鳥III」を2025年7月に就航させるなど、富裕層のクルーズ需要を狙ったツアーが増えてきている。外国船籍のクルーズ船の日本への寄港も着実に増えた。今後のクルーズマーケットはラグジュアリークルーズが主流になりそうな様相で、クルーズビジネスの拡大が見込まれている。
海外寄港の「縛り」を撤廃 部屋指定システムが鍵を握る国内景勝ニーズ
新たに投入したサクラは、容積3万4138トン、旅客定員458人のクルーズ船だ。海外で就航していた船を購入して、日本船籍のクルーズ船用に改装。船籍が日本のため、これまでのクルーズ船のように、クルーズ期間中に韓国や台湾など近隣の外国の港に寄港しなければならないという制約がなくなった。そのため、日本国内の観光地を余裕を持って巡ることができるという。
9〜12月の旅程は平均泊数が3泊と、短期の国内ツアーを多く提供する。全長が200メートル以下と、小回りの利く船体サイズを生かして、小さな港や湾内にもアクセスが可能だ。瀬戸内海などの隠れた人気スポットにも寄港できるという。
客室は全室がオーシャンビュー、スイート仕様で独立したバスタブを完備。トイレは温水洗浄便座で、快適に過ごせる居住空間を確保している。基本的な食事代、アルコールを含む200種類以上のドリンク代、エンターテインメントの鑑賞費、Wi-Fi利用費は、旅行代金に含まれるオールインクルーシブのサービスを採用している。
また予約システムも更新し、客室番号を指定して予約できるようにした。これにより「気に入った部屋」を事前に確保できるようになり、旅慣れしたリピーターを増やすことができそうだ。
1人1泊10万円でも「トータル割安」 オールインクルーシブの魅力
クルーズ代金は、部屋のランクや大きさにもよるが、最も部屋数の多いバルコニー付きの部屋で、1人1泊あたり平均10万円に設定した。このクルーズ船はラグジュアリーのジャンルになるため、値段的には少し高めの単価にしている。船内では多くの費用が旅行代金にオールインクルーシブになっているため、トータル的には割安な面もあるようだ。
また5月に就役した「にっぽん丸」で人気だった寄港地まで鉄道を飛行機で行き、帰りはクルーズ船に乗る「飛んでクルーズ」のシリーズも採用したい考えだ。具体的な寄港地は北海道や九州などを予定している。
短期間のクルーズのため、プールはあるものの、日本人客はあまり利用しないことが多いという。乗客にリラックスしてもらうために、服を着たまま楽しめる「足湯」スポットを設けるなど、細かなサービスを心掛けている。
夏休み需要の誤算 フジの失敗を糧に「需要の掘り起こし」
商船三井クルーズとしては、5〜6泊クルーズのフジと、2〜3泊のサクラの2隻を効率的に運航することで、安定的な収益確保を狙っている。販売担当者の説明によると、先に就航したフジでは夏休み時期に需要拡大を見込んでいたものの、これが失敗に終わるという苦い経験をしたという。
同社ではこうしたクルーズマーケティング上の教訓を生かして、年間を通じて安売りをすることなく、安定的な旅客需要の発掘につながるよう営業努力をした。その結果、現在フジは順調な利益を出してきているようだ。この経験は当然サクラにも生かすことができ、こうした実績の積み重ねによりクルーズ人口を増やしていきたいとしている。
乗船客については、基本的には日本人が大半を占める。ただ今後は外国人客も増やしたいとしており、最大30%を見込む。北米、オセアニア、台湾、韓国には外国人客の獲得のために総販売代理店を設けていて、外国人客の獲得に努めるという。
クルーズ事業の目玉とされる「世界一周コース」の販売は、現段階ではあえて見送っている。まずは短期〜中期のツアーで利用客の裾野を広げ、安定した需要基盤を築く戦略だ。
狙うはリタイア層ではなく「働き盛り」
記者もサクラに乗船して、キャビンやレストランなど船内設備を見学した。大半のレストランの料金やサービス提供はオールインクルーシブとなっている。フランス料理の有名シェフ、三國清三氏が提供する「北森ファインダイニング」や高級ワインの提供などは別料金としており、ラグジュアリーな雰囲気が船内全体に漂っていたのが印象的だった。
部屋のスペースはゆったり感があり、短期間とはいえ、クルーズ旅を楽しめる環境は整っている。特に提供する食事メニューには、にっぽん丸で長年培ってきた能登牛が生かされており、一部はそのメニューがサクラにも引き継がれているという。乗客は船内に居ながらにして、さまざまな飲食を堪能できそうだ。
同社が狙うクルーズ客は、お金と時間の両方がある中高年、リタイア世代ではなく、働き盛りの現役年齢層だ。旅程期間も長くて6〜7泊で、短いものは1〜2泊と比較的短く設定している。これは、長期休みがまだ取りにくい現役層にも乗船してもらいたいという期待を込めている。
費用的には家族数人で数十万円の範囲で、非日常のクルーズの旅を楽しめるようにした。同社が2隻のクルーズ船をフル活用して、現役働き盛り世代のクルーズ客の掘り起こしを成功させるかどうか。チャレンジングな取り組みだ。
この狙いが見事に当たれば、国土交通省が目指している2030年までにクルーズ人口100万人の実現が見えてくるかもしれない。人口が減少に向かうため、外国人の割合も徐々に増やしていかざるを得ない。そのためのスタッフ教育も忘れてはならない。
1人1泊10万円での利用が安定的に確保できれば、同社のクルーズ事業が採算分岐点を上回ることができるため、業績的にも好文字を維持できる。日本でクルーズビジネスが「離陸」できるかどうかは、同社の現役世代の取り込みが鍵を握っているといえそうだ。



