予兆があったとすれば、昨年12月に行われた抽選会の場だったか。国際サッカー連盟(FIFA)が新設したFIFA平和賞の初代受賞者にトランプ大統領が選ばれ、ジャンニ・インファンティーノ会長から金色のトロフィーが贈呈された。スポーツが政治に擦り寄っていく異様な光景は、W杯本番の舞台でも繰り返されることになる。
W杯北中米大会の共催国だったアメリカは軍事的な衝突が続くイランの選手やスタッフに対するビザの発給を制限し、FIFAが公認したソマリア人審判の入国を拒否した。さらにアメリカ代表が決勝トーナメントを勝ち進むと、欧州サッカー連盟(UEFA)が「FIFAはサッカーの一線を越えた」と声明を出す事態が起きてしまう。レッドカードを受けたフォラリン・バログン選手の出場停止処分に異を唱えたトランプ大統領が、インファンティーノ会長に処分の再検討を求めたのだ。インファンティーノ会長は政治介入の影響を否定したが、処分は1年間猶予され、バログン選手は出場できないはずだった次戦の先発メンバーに名を連ねた。
「レッドカードが何を意味するのか、俺は知らなかった」「大きな不正義を正してくれたFIFAに感謝する」と支離滅裂な持論を展開したトランプ大統領には呆れるしかないが、スポーツの公平性を歪めた責任を彼一人に押しつけてはいけない。
アトランタの悲劇 「メディア・リンチ」
アメリカ映画界の巨匠として知られるクリント・イーストウッド監督がメガホンをとった映画「リチャード・ジュエル」を観た人は、どんな感想を抱いただろうか。1996年夏、アトランタ五輪開催中に起きた爆破テロ事件で無実の罪を着せられた警備員の男性の名前をそのままタイトルにした映画である。連邦捜査局(FBI)の強引な捜査や「メディア・リンチ」と称された過熱する報道の犠牲になったジュエル氏が、母親や弁護士の支えで真実を訴えていく姿を描いている。
「早く犯人を捕まえないと、オリンピックが中止になって巨額の資金が無駄になる。そのために一人の市民が国家とメディアによって破壊された。これは誰の身にも起こりうる悲劇である」映画が全米で公開された2019年12月のインタビューでイーストウッド監督はそう語っているが、本紙の社会部記者としてアトランタに派遣されていた筆者も、そのメディアの末端にぶらさがっていた一人だった。公園のベンチの下に仕掛けられたパイプ爆弾が爆発、2人が亡くなり、111人が負傷した現場に駆けつけたとき、目に飛び込んできたのは散乱したパイプ椅子と血だらけになって横たわる犠牲者たちの姿だった。これでオリンピックは中止、あるいはいったん中断されるだろう―《五輪の街に轟音と悲鳴》と見出しがついた原稿を社会面に送り終えたあと、味わったことがない恐怖とともにそう考えざるをえなかった。国際的なテロ組織による犯行だった場合、同時多発的に爆破テロが続く可能性もあったからだ。だが、近代五輪に100年の歴史を刻んだ大会はそのまま継続された。疑いなく信奉していた平和の祭典に初めて違和感を覚えたのはこのときである。
底のない不安に包まれたまま競技が続くなか、ジュエル氏がFBIの捜査を受けていることを地元紙が実名で報じたのは事件の3日後だった。映画では地元紙の女性記者が捜査情報を入手する際の描写が問題視されたが、このスクープを追いかけた世界中のメディアによる報道合戦は明らかに常軌を逸していた。高校時代の失恋や恩師とのトラブルもFBIがプロファイリングした「孤独で英雄願望が強い白人男性」という犯人像と重ねて報じられ、母親と2人で暮らすアパートで家宅捜索が始まると、100人を超える報道陣が駆けつけた。
「こんなやり方は好きじゃないが、オリンピックは特別な大会だ。彼が逮捕されるまで待ってはいられない」10時間以上に及んだ家宅捜索の取材中に聞こえてきたアメリカ人記者の述懐に、筆者は頷かざるをえなかった。彼らの報道を追うことしかできなかった筆者も、ジュエル氏の犯行を疑っていなかったからだ。だが、リチャード・ジュエル氏は無実の人だった。オリンピックがなぜ、一人の男性から平穏な日常を奪う舞台になってしまったのか。7年後に逮捕される真犯人が野放しにされたまま、大会がすべてのプログラムを終えた事態をどう受け止めるべきなのか。苦い記憶とともにそんな疑問を抱いたのは、今回のサッカーW杯で〝スポーツの危機〟について改めて考えざるをえなかったからである。
商業主義への傾倒 尊厳を守る覚悟を
イーストウッド監督は「人はすぐ忘れるもので、あの事件に思いをめぐらせない。真実を追求し、リチャードの名誉を回復させたかった」とも語っている。正直に告白すると、筆者はジュエル氏が大手の報道機関数社を名誉毀損で訴えて勝訴していたことも、2007年に44歳の若さで亡くなっていたことも映画が公開されるまで知らなかった。30年前に抱いた違和感について深く考えることもなかったのだが、もし、大きな過ちを忘れずに考え続けること、一つ一つの事象を丁寧に検証することがアトランタの教訓だとすれば…。
トランプ氏は初めて大統領に就任した2017年、ソマリアなどのイスラム教国に入国禁止の措置をとった。当時の対応を確認すると、インファンティーノ会長は「そのような措置をとれば、W杯開催権は無効になりかねない」と明言していた。「出場資格を得たチームや関係者が開催国に入国できなければ、W杯は成立しない」と。サッカー界のトップに立つ男はなぜ、この10年近い歳月の間に政治と向き合う姿勢を豹変させたのか。大会の肥大化と巨額の金が動く商業主義への傾倒、権力の強化と自己保身…。その背景にはさまざまな要素が複雑に絡み合っているのかもしれない。
だが、30年前も今もスポーツサイドのリーダーに求められるのは、外部のあらゆる思惑にも影響されず、スポーツの尊厳を守り続ける覚悟と矜持ではないか。W杯が閉幕してからずっと、そんなことを考え続けている。



