広島大会で過去最高成績が16強だった福山市立の福山が、今春就任した小田浩監督(62)の意識改革で初の甲子園出場を果たした。
部員増と市の支援
1975年創部の福山は、学業中心の生徒が多く、夏は長年1、2回戦突破がやっとだった。転機は2022年、広島商や広島新庄を甲子園に導いた迫田守昭さん(80)が監督に就いたこと。迫田さんの下でプレーしたいと部員数は急増し、21年の25人から24年には60人となり、現在も57人が所属する。
福山市も部を盛り上げようと、21~24年度に計約3億4000万円を投じ、屋内練習場や寄宿舎、夜間照明を整備。入試に出願できる生徒の居住地域も近隣市町から県内全域に広げた。
新監督の指導
25年夏に迫田さんが体調を崩して退任し、コーチから昇格した長門功さんを経て、小田監督が今春就任。過去に西条農や総合技術を率いて甲子園出場経験がある小田監督は、選手たちに「3失点以下に抑え、みんなで5点を取る野球をしよう」と繰り返し説いた。
渡辺雄介主将(3年)は「全員4番のつもりで打とうと割り切ることで心に余裕ができた」と話す。エースの来山凌也投手(3年)は夏前の練習試合で三振を狙った速球が中飛となり悔しがっていたが、小田監督から「球威に押されていた。フライほど楽なアウトはない」などと声を掛けられ、自信につながったという。
初の甲子園
迎えた広島大会で選手たちは躍動し、全6試合でいずれも3失点以下と、小田監督の目指す野球を体現して初の甲子園切符をつかんだ。「チームのMAXはまだ出せていない。甲子園では勝ちにこだわりたい」と小田監督。冷静な語り口ながら、自信がみなぎっていた。



