初出場の有明は準々決勝で健大高崎に延長十回タイブレークの末、サヨナラ負けした。4強入りは逃したが、甲子園で巻き起こした「有明旋風」に、スタンドからは大きな拍手が送られた。試合後の選手たちに話を聞いた。
先発・斉藤遼汰郎選手の言葉
斉藤遼汰郎選手(3年)は「練習が厳しくて辞めようと思ったこともあるけど、エースになって甲子園に来ると決めて、諦めなくて良かった。後悔はない、出し切れた。ベスト8入りもできて、熊本の人たちに勇気を持ってもらえたと思う」と語った。
西山享太郎選手(3年)は「ひとつずつアウトにすることだけを考えて配球していた。点が取れない展開で、1点もやれないと思った。斉藤は今までで最高の投球をした。あいつはチームの中心。斉藤がいなければ、ここまで来られなかった。九回裏、2死満塁のピンチを三振で打ち取った球には鳥肌が立った。一番欲しいところに今日一番の直球が来た。ありがとうと伝えたい」と話した。
悔しさと感謝、下級生の決意
新谷遼選手(2年)は「チームを勝たせるプレーができず悔しい。初めての甲子園は、歓声も観客の数も地方大会とは全く違った。ここは簡単に来られる場所じゃないが、来年また帰ってきて、先輩たちを超える4強を目指す」と話した。
永田晴輝選手(3年)は「(初回の三盗について)足で流れを作ろうと、一つでも先の塁に行けるように意識してプレーした。九回、十回と勝負の場面のたびに大きくなる声援に励まされた。(十回裏、サヨナラ負けが決まった)最後の場面、本塁への送球は守備の位置と球の握りが甘かった。その前の二塁への送球でアウトが取れたらよかった。熊本のみなさんに勝利を届けられなくて悔しい。最後の甲子園、盗塁ができ、安打も打ててうれしかった」と振り返った。
チームの結束と成長
十文字彩輝選手(3年)は「甲子園は持っているもの以上のプレーができる場所で、試合を重ねるたびにチームの絆がより一層深まった。一番印象に残っているのは、初戦の永田の逆転打。あれから球場全体が応援してくれるようになった。仲間と一緒にこの舞台に立ててよかった。仲が良くて、一致団結できる、最後まで粘り強い最高のチームだった」と話した。
実田聡志主将(3年)は「自分たちの力を出し切り、やりきれた。胸を張って熊本に帰りたい。1年前にチームが発足したときは全員がバラバラだったが、一からまとまっていくなか、一人ひとりが勝利のために動けるようになった。いろんな方から応援してもらい、甲子園で3回勝って、最後まで全力でやってきてよかったと思う」と語った。
支え合った仲間への思い
栄井彰選手(3年)は「結果的には負けてしまったけれど、目標としていた『粘り強い野球』を体現できた試合だった。コンディションは一番いい状態ではなかったが、気持ちで負けないように頑張った。3回戦も準々決勝も、工選手のバッティンググラブを借りて打席に立った。ヒットを打ったときは、自分のことのように喜んでくれた。今大会は悩むこともうまくいかないことも多かったが、最後、チームのために自分の力を最大限発揮できてよかった」と話した。
高橋春喜選手(3年)は「2年半、苦しいときもチームみんなで声をかけあってきた。地震があったこの夏は、自分たちが笑顔のもとになれるようにという思いで試合に臨んだ。チームのみんなや地域の人からのたくさんの応援に、逆に力をもらった。タイブレークで最後、1本を出すことができず本当に悔しいが、感謝の気持ちでいっぱい」と語った。
山崎暁斗選手(2年)は「悔しいけれど、やりきった。3年生には感謝しかない。ここまで楽しくやれたのは、先輩がミスをカバーしてくれたおかげ。試合前には『お前らはもう大丈夫やけん』と声をかけてくれて、楽に打席に立つことができた。来年は一緒に試合に出た新谷選手と2人でチームを引っ張り、選抜と夏、絶対ここに戻ってこられるように頑張りたい」と話した。
工修哉選手の思い
工修哉選手(3年)は「けがをしてチームに迷惑をかけてしまい、悔しい。でも、甲子園は夢の舞台で、最後まで諦めなければ逆転できると教えてくれた。今日は過去一番の応援だった。苦しいこともあったけど、甲子園を目指して良かった」と語った。
兼清智隆選手(2年)は「ベンチに入っていたが、最後は斉藤(遼汰郎)さん1人に頼ってしまった。自分が何もできなくて悔しい。1人で投げ切る力、接戦をものにする力が大事だと思った。それを来年この舞台でできるようにこれから頑張りたい」と話した。
ベンチ入り選手たちの声
大迫朔太朗選手(3年)は「(伝令として)みんなが苦しいときに声掛けでプレーしやすいように意識してきた。みんなが頑張ってくれたからここまでこれた。(見ている人を)勇気づけると言ってきたが、それ以上に観客に後押しされた。今までにない経験だった」と語った。
簗脇拓馬選手(3年)は「ベスト8という目標を達成できたことはよかった。正直ここまで勝てると思っていなかった。甲子園でこんなに勝てたので悔いなく終われた。(斉藤と工が)県大会から頼りになる存在だった。感謝している」と話した。
坂口翔大選手(3年)は「自分のチームも相手のチームも全力でやりきった結果だと思う。(斉藤と工は)ずっと憧れの存在だった。追いつきたい存在だった。自分も大学で頑張って今度はあのマウンドに立てるようになりたい」と語った。
広沢遼太朗選手(3年)は「(けん制死は)気が付いたら球が来ていた。(健大高崎は)投手も打者も力強さがあって本当にレベルが高いチームだった。自分でチャンスを作ることができたが、それを自分のミスでつぶしてしまって悔しい」と振り返った。
安藤悠斗選手(3年)は「(三塁コーチャーとしてグラウンドに立ち)ずっと小さい時から夢見ていた舞台だったので、すごく楽しかった。いままで2年半、苦しいことが多かったんですけど、すごく報われたのかなと思います」と話した。
松鳥孝省選手(3年)は「最後の最後まで分からない状況で、何としても勝ちたかった。甲子園では出場する機会がなかったので、大学で上を目指してやりたい。皆から勇気づけられたので、次は自分が皆を勇気づけるプレーをしたいと思います」と語った。
若杉旭浩選手(3年)は「目標だったベスト8まで来られたので、本当に俺ら頑張ったっていう気持ちです。甲子園は自分にとって、青春の場所になりました。努力し続ければ、おのずと結果は出る。大学でも、努力し続けようと思います」と話した。
空見大愛選手(3年)は「(仲間は)格好良かったし、試合に出ているメンバーには本当に感謝。誇りに思います。野球はもう終わりで、親孝行のために就職します。友達もできて、いい仲間ができて、本当に野球をやって良かったと思います」と語った。
高橋一護選手(3年)は「今はすごく悔しいですが、やり切った感が強いです。こんなに自分たちが応援されたことはなくて、やっぱり甲子園でできるのは本当によいものだと感じました。今までの夏で、一番最高で、思い出に残る夏でした」と話した。
西田颯熙記録員(3年)は「やり切ったという思いが、こみあげてきています。初出場であんなに歓声をもらえたというのは、とてもうれしくて。観客とか、テレビの前の人にも感謝を伝えたいな、と思っています」と語った。



