家庭の夕食の献立は、その日にならないと決まらないことが多い。総菜を買うか、自分で作るか、手をかけて自炊するか——。夕食の選択肢はその日になって変わるため、小売りは客の需要を読みにくい。中でも総菜は、作った量と売れる量が一致しにくい。
なぜ総菜の需要は読みにくいのか
その発端は、店ではなく家庭の食卓にある。ある共働き家庭の一日をのぞいてみよう。朝7時半。仕事に出発するまでにもう時間がない。ようやく起きてきた子どもは寝癖を整えながらメロンパンをかじっている。親はその横で、弁当箱に冷凍食品を詰めていく。出勤前に洗濯物を畳み、自分の身支度もしなければならない。それでも頭の片隅では、朝から夕食のことを考えている。弁当にはおいしくて栄養のバランスもよく、子どもが喜ぶものを食べさせたい。
とはいえ、夕食の献立は朝の時点では決められない。今日は何時に帰れるのか、子どもは何を食べたい気分か——。それらは夕方にならないと分からない。その日の帰宅時間、家族の気分、冷蔵庫にある食材。夕食の献立は、それらをすり合わせながら決まっていく。
次に、総菜売り場で起きていることを見てみよう。店によって違いはあるが、どの食材をどれだけ仕入れるかを1〜2日前の予測で決めるケースは少なくない。仕入れ量に応じて、当日の朝から順番に仕込んでいく。
「予測」から「余白」へ
総菜は基本的に計画生産だ。前もって数量を決め、その計画に応じて作る。昼も夜も、計画した数量をそろえることを優先する店は多い。しかし、どれだけ緻密に計画しても、売れ残りや欠品を完全になくすことは難しい。客が最も集まる時間帯に目当ての総菜が切れていることも珍しくない。
昼と夜では事情が違う。昼は作り手がそろっているが、夕方になると作り手は減っていく。人手が乏しくなる時間帯に、家庭で作られなかった夕食の需要が店頭の総菜へ回ってくる。筆者が現場で聞く限り、多くの店はこのような人手不足の時間帯に、総菜の品ぞろえを維持することは半ば諦めているという。
予測が外れれば、店頭では2つのことが起きる。予測より売れなければ「値引き」をし、それでも残れば「廃棄」になる。予測より売れれば、早い時間に棚が空き「欠品」となる。
夕方、客が仕事帰りに総菜売り場へ立ち寄る頃には、目当ての商品が残っていないこともある。冒頭の「なぜ、総菜は特に需要を読みにくいのか」という問いにようやく答えられる。総菜は、家庭で夕食を作る時間や余力がなくなったとき、その需要が流れ込む受け皿だからだ。
予測は朝に固まり、需要は夜にずれる——家庭の食卓と、店の棚。2つに共通しているのは、先に立てた計画が、後になって書き換えられていく点だ。予測した時点から時間が経つほど、ズレは大きくなる。
「余白」を持つとはどういうことか
一人ひとりの客が、その日の夕方に「今日はこれを食べたい」と思うものを、店が事前に言い当てるのはほぼ不可能だ。そこで、発想を切り替えてみる。一つひとつの商品が「何個売れるか」を細かく当てにいくのをやめ、その代わりに、後から量や種類を変えられる余白を残しておく。筆者はこれを「余白を持つ」と表現する。
例えば「Aが40個、Bが30個」と朝の時点で決め切るのではなく、売れ行きを見ながらAを追加し、Bを減らすといった変更ができるようにする。最初から正解を一つに決めるのではなく、需要の変化に合わせて配分を変えられる状態をつくるのである。予測の精度を上げるのではなく、予測が外れても修正できる仕組みを持つのである。
「余白を持つ」をうまく形にしている例の一つが、回転寿司だ。すべてのネタをあらかじめ決まった数だけ並べておくわけではない。どのネタが何皿売れるかを事前に完全に当てるのではなく、注文や売れ行きを見ながら、提供するネタや量を調整する。客の選択に合わせて供給を動かしているのだ。
アパレルのZARAにも、近い考え方が見られる。一つの商品を最初から大量に作るのではなく、多くの種類を少量ずつ投入する。売れ行きを確かめ、反応のよい商品を素早く追加する。何が流行するかを事前に言い当てるのではない。最初から一つの予測に賭けるのではなく、変更できる余白を残している。
つまり、決める瞬間をできるだけ後ろへ倒すということだ。先ほどの図の通り、早く決めるほどズレは広がる。逆に、需要が見えてから決められれば、ズレは縮む。そのために必要なのが、後から変更できる余白(=余白)だ。余白とは判断を先送りすることではない。需要が見えてから判断できるよう、あらかじめ変更の余白を残しておくことだ。余白は、遅く決めるための備えなのである。
それは、単純に多く作っておくことではない。少量ずつ作る、追加生産できるようにする、複数の商品に対応できる人や設備を残しておく——需要が見えてから、量や種類を動かせる状態そのものが「余白」なのである。予測を早く固めるのをやめ、決める瞬間を、需要のそばへ引き寄せる。
「余白」を家庭の食卓に当てはめると
この余白で待つ仕組みを、冒頭の家庭の例に当てはめてみる。この家庭では、最近食事宅配サービスを使い始めた。日曜ごとに、何種類もの献立が写真で表示される。その中から、そのときに「これが食べたい」と思ったものを選ぶと、必要な食材が下ごしらえされた状態で届く。食べる側が、食事の時間に近づいてから選べる仕組みだ。
回転寿司も、ZARAも、食事宅配サービスも、基本的な考え方は同じである。供給する側が先に決め切らず、選ぶ側の「今日、どれにしよう」という瞬間に近いところまで、選択の余白を残しておく。先に決め切るのではなく、変化に合わせて動くのである。
本連載の第1回で、店内で焼いたパンが、時間帯を合わせただけでよく売れた話を紹介した。人の流れを見て、需要が生まれる時間を予測し、焼き上がりを合わせることで、棚に並んでいたパンを「できたて」に引き上げた例だった。同じ発想を、総菜にも応用できるのではないかと筆者は考える。
例えば、朝の段階で全ての商品の生産量を決め切るのではなく、途中までの売れ行きを見ながら、夕方に向けて追加する商品や数量を決める。売れ筋が分かってから、そこへ人材や調理設備の稼働を寄せていくのである。重要なのは、需要が見えてくるにつれて、生産計画を更新できるようにすることだ。そのためには、少量ずつ作って売れ行きを確認する、途中で追加生産できる工程を残す、複数の商品に対応できる調理設備や人材を確保するといった工夫が必要になる。
ただし、この考え方が通有するのは作り手がいる時間帯に限られる。昼は人手があるため、生産量を決めるタイミングを遅らせる余白はある。しかし、人手が乏しくなる夜は、その余白すら望めない。需要が見えてから、それに合わせて生産するための人手をどう確保するのかは、今後の課題だ。



