太平洋戦争末期の1944年3月、現在の高知空港近くに編成された旧高知海軍航空隊の軍用機格納庫「掩体」の見学会が29日、南国市前浜で開かれた。住民や学生らの勤労奉仕で造られただけでなく、基地のために1500人の住民が家や田畑を追われたことなど、戦争が市民を巻き込むことを学ぶ機会となった。
市史跡に指定された掩体群
掩体は41基造られ、今も残る7基は2006年に市史跡に指定された。見学会は保存運動に取り組んだ「掩体壕を文化財として守り育てる会」が主催し、幅44・5メートル、高さ8・45メートルと最大の4号などを案内した。
構造や資材不足を伝える遺構
4号は型枠工法で鉄筋が縦横に入った造りである一方、動員学徒が造った5号の鉄筋は横方向のみ。下部のコンクリートには、地下足袋で踏み固めた時の足形が残る。7号は鉄筋もなく、資材不足を物語る。
特攻に向かった歴史と保存の訴え
航空隊の任務は搭乗員養成だったが、練習機「白菊」26機に52人が乗り込んで沖縄特攻にも向かった。案内した森本世史子事務局長は「私たちが問われているのは、新たな戦争遺跡をつくらないこと」と呼びかけた。



