ネパール土石流、村に「何も残っていない」 住民らが帰還し思い出の品を捜索
ネパール土石流、村に「何も残っていない」 住民ら帰還し捜索

中国との国境付近で土石流と洪水が発生してから数日が経過する中、泥のぬかるみと化したネパールの村に戻ったシャンティ・ラミチャネさんは、果物箱に腰掛け、大きく被災した自宅を眺めていた。

被災地では、生存者たちが村に戻り、わずか数分で流されてしまった所持品や書類、そして生活の断片を探し求めている。ラミチャネさんは、自宅に戻るための道で行われているブルドーザーによる泥やがれきの除去作業が終わるのを待っている。

「思い出もすべてそこにある」

ラミチャネさんは「被災した自宅から物をいくつか回収したい。でも、それだけではない。私の思い出もすべてそこにある」とAFPに語った。災害発生前、ラミチャネさんが暮らしていたドゥンゲ村の世帯数は約150だった。

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米地質調査所(USGS)によると、26日朝に中国とネパールの国境付近で発生したこの災害は氷河崩壊が原因だった。下流へと押し寄せる氷の濁流は、その圧倒的な力で巨岩をも巻き込みながら、地域を南北に貫く形で被害をもたらした。

行方不明者3000人近く、遺体691体収容

30日朝の時点で、被災したネパールおよび中国側の行方不明者は合計で3000人近くに達し、691人の遺体が収容された。発災から数日が経過し、身一つでの避難を余儀なくされた被災者たちは、自身の所持物を回収するため、そしてかつての自宅の状況を確認するため、それぞれの村に戻り始めている。

ヌワコット郡デブガートの村に戻ったハリ・プラサド・リマルさんは、貴金属や現金などを回収する目的で村に戻った。その際に娘の写真も見つけることができたという。「水に浮いていたタンスに貼られていたんです」と言い、「他に回収できたものは何もなかったが、あの写真もとても大切なものだった」と続けた。

リマルさんは、村から数キロ上流の場所で倉庫業を営んでいたが、ボランティアがドローンで撮影した画像で確認すると、そこにはもう泥とがれきしか残っていなかったという。「倉庫はなくなってしまったが、文句を言うべきではないのかもしれない。少なくとも、家族全員が生き残ったのだから」とAFPに語った。

避難後、1分もたたずに自宅に水が到達

ドゥンゲ村では、ナブラジ・ウプレティさんが膝までつかる泥の中を自宅に向かって進んでいた。ウプレティさんには、スコップを持った2人の救助隊員が付き添っていた。「どうしても必要な重要な書類がある」と切実な様子で訴えたウプレティさん。がれきの中を1時間にわたり探し回った結果、泥の下から書類は出てきた。しかし、それは隣人のものだった。書類はその後、所有者に手渡された。

この地域でレストランを営んでいたウプレティさん(40)は、避難後、1分もたたないうちに水が自宅に到達したと語り、「家は浸水した。100メートル逃げるのが精一杯だった」と当時を振り返った。店は大破したという。

ドゥンゲ村の住民で、発災当時は首都カトマンズにいたというサントシュ・アドヒカリさん。3日後に村に帰ってきた際には「何も残っていなかった」と話した。

被災地で泥の除去作業を行っている作業員らは、金製品などの個人所有物が時折見つかると話す。しかし、スカウト隊「ネパール・スカウト」の救助隊員アイシュマン・クインケルさんは、「がれきは依然として膝の高さまであり、臭気がいたるところで漂っている」としながら、「おそらく遺体が泥の下に埋まっているのだろう」と気づくのだと説明した。

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