被災地で一汁三菜の炊き出し 支援団体ゴリラ、熊本地震でも支援模索
被災地で一汁三菜の炊き出し 支援団体ゴリラ、熊本地震でも支援模索

2018年の西日本豪雨を機に岡山県倉敷市真備町で活動を始めた市民ボランティア団体が、炊き出し活動を全国に広げている。「災害から立ち上がる力を生み出すのは食」と、一汁三菜のスタイルにもこだわる。メンバーは15都府県53人まで増えた。その始まりは1艇のカヤックからだった。

カヤック1艇から始まった支援

2018年7月7日朝、テレビに映る真備町は一帯が浸水していた。団体代表で岡山市南区の建設業・茅野匠さん(53)は居ても立ってもいられず、アウトドア店で3人乗りのカヤックやパドル、救命胴衣を買い込み、現地に向かった。

生まれて初めてこぐカヤック。最初はまっすぐ進むこともままならない。それでも団地の上階に取り残されている人を少しずつ安全なところまで運んだ。何往復もするうち、手にできたまめがつぶれて血だらけになったが、気にせず続けた。

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避難所での炊き出し開始

水が引いた後も、避難所には被災者があふれていた。そこで始めたのが倉敷市立薗小学校での炊き出し。元々料理が得意だったわけではないが、温かいものを食べてほしい一心で、午前4時から米をとぎ始め、調理、片付け、次の仕込みと1日3回繰り返した。最後の片付けが終わるのは日付が変わった午前1時ごろ。それを2週間続けた。

実家が2階の天井近くまで浸水し、片付けに1カ月かかったという60歳代女性は「冷蔵庫も壊れ、近くの店は全部閉まっていたので、本当に助かった。つらい中で、今日は何かなと楽しみだった」と振り返る。

NPO法人化と一汁三菜の理念

活動を続けるうちに協力してくれるメンバーが徐々に増え、2019年3月、NPO法人「災害支援団Gorilla(ゴリラ)」を設立。団体名は茅野さんのニックネームにちなむ。

これまで佐賀、茨城、福島、熊本、新潟など各県の被災地に出動。当初は家屋解体などもやったが、現在は炊き出しに専念。募金で食材を買い込み、スケジュールの都合がつくメンバーが現地に集まる。

じっくり煮込んだハッシュドポーク、うずらとキャベツの中華スープ、チキン煮込みのロールキャベツ…。提供するのは、一見すると炊き出しとは思えないメニューばかり。「単に食事をとるだけではなく、栄養バランスが重要」との考えからだ。

茅野さんは「ゴリラの食事は一汁三菜が基本。家庭で作るような熱々のおいしいごはん。多めに作るからおかわりもできるようにしている」と話す。

能登半島地震でのエピソード

2024年1月の能登半島地震では、珠洲市の避難所で印象深い男性がいた。地震から9カ月がたっても、なお100人ほどが食事を必要としていた。

メンバーが料理をしていると、1人の高齢男性がふらりと近づいてきた。「今日はなんや、肉か。わしは魚が食いたい」。茅野さんにはこの男性がわがままだとは思えなかった。直近の食事は10日間、納豆、キムチとご飯の3品だったと聞いていたからだ。

数日後、シシャモが手に入った。揚げて野菜のマリネと合わせて「ししゃも南蛮」を作った。食事の後、あの男性が「うまかったよ」と言いに来た。茅野さんは「家なら、家族のリクエストにこたえて作るでしょう。そんな普通のごはんを作りたい」と話す。

熊本地震への対応

28日夕に熊本県で発生した地震について、ゴリラでは現地の情報を収集している。茅野さんは「今は人命救助が第一。熊本のメンバーを中心に、炊き出しのために現地入りするか、不足物資があるかなども含めて現状を確認しており、最適な支援の仕方を探っている」と話した。

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