広島と長崎の原爆忌も過ぎ、あすは「終戦の日」である。あの「8.15」から81年が経過し、戦後生まれの国民が総人口の約9割を占めるに至った現在では、戦争の実体験を語れる人が極めて少なくなった。それでも私たちは戦争の犠牲者に思いを致し、多くの教訓を日本の平和と繁栄につなげるためにも、戦争の記憶を確実に次代に語り継いでいかねばならない。「語り部」の高齢化と減少は戦後世代の国民に突きつけられた切実な問題である。
「語り部」の用法の変遷
ところで私たちは普段何げなく「戦争の語り部」や「震災の語り部」などと言ったり書いたりしてはいるものの、長年の校閲記者経験のなかで得た私の印象では、「語り部」のこの種の用法は平成7(1995)年前後から目立ち始めたようである。同年は戦後50年にあたり、阪神大震災が起きた年でもあった。当時はまだ、記者の間にこの「語り部」の用法を異端視する向きがあったからか、これを「」や〝〟で囲った記事が多かった気がする。
語り部とはもともと、日本国語大辞典(第1版/1973年刊)が《上代、文字のなかった時代に語り伝えられてきた史実、伝説等を保存し、語り伝えることを職とした者》と示しているように、古代の職業集団の一つを表す言葉だった。だが同辞典は2001年刊の第2版で、手直しを施した右の語義を①とし、新たに《②昔話や戦争体験などを次代に語り伝える者をいう》の語義を追加した。
辞書にみる定義の追加
広辞苑も同様に第6版(2008年刊)で《②広く、物事を次の世代に語り伝える人。「被爆体験の―」》の語義と用例を加えたのだった。「語り部」の新しい用法は、どうやら2000年頃には一般にも広く定着していたものとみられる。



