時折、私は2歳の娘が心底羨ましくなる。腹の底からありったけの大声で泣き、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、その場に転がり、地団駄を踏みならし、フルパワーの悲しみと怒りをぶつける娘の姿を見るたびに、そう思う。
言葉を持たない2歳児の必死のコミュニケーション
それは、まだおしゃべりできない彼女の気持ちを伝える唯一の術だ。温かく居心地の良いおなかの中から出てきて、まだ2年。納得いかない理不尽や、抑えきれない感情と、小さな体で精いっぱい、勇敢に立ち向かっている。そう理解していても、私も泣き叫ぶ彼女を前に途方に暮れ、一緒になって転がってジタバタしながら泣き叫びたい衝動に駆られる。
大人にはできない全力の感情表現
しかし、隣に寝転んでスタンバイして、いざ声をあげてみても、2歳児のような全力の感情表現は意外とできない。大人になると体裁や外聞が先にくる。たとえ誰も見ていなくても、だ。誰に向けるでもない照れ笑いがむなしい。
鮮やかな切り替えと羨望のまなざし
ひとしきり全力で気持ちをぶつけた直後、娘は何事もなかったかのようにキャッキャと笑い、勢いよく私に飛び込む。鮮やかな切り替えに、改めて羨望のまなざしを娘に向ける。そして私も、何事もなかったかのように、今度は居心地の良い笑顔とともに娘を抱きとめる。
瓦本安見(41) 大阪市住吉区



