長崎県松浦市の鷹島海底遺跡で、鎌倉時代にモンゴル帝国を領土にしていた元が襲来した元寇の際、沈没した船から矢の一部が見つかったことが20日、明らかになった。矢は中国・南宋のもので、元が南宋を滅ぼして接収し、日本との戦いに転用したとみられる。
弘安の役の沈没船から発見
船は元が2度目に襲来した1281年の「弘安の役」の際、暴風雨で沈没したとされる。奈良文化財研究所や高知大学海洋コア国際研究所の研究グループが船底に堆積する泥を採取・分析したところ、泥の中から長さ3センチほどの竹片を発見した。黒い漆塗りで、端に赤い漆が付いた矢の末端部分だと判明した。
南宋の矢の特徴と一致
「矢筈」と呼ばれる末端部分は、弓の弦を引っかける溝がなく、皿形に浅くくぼんだ形や木の板でできた羽根があるといった特徴が、武器を改良して元に対抗しようとした南宋の矢と一致した。
調査した奈良文化財研究所の国武貞克主任研究員は「元軍の装備が具体的に明らかになった」としている。また、このような矢の存在は中国の文献で分かっているが、末端部分は日本では出土例がなく、「元側から見た日本戦の実態が明らかになると同時に、当時の東アジアにおける武器研究も進むことが期待される」と述べた。
松浦市文化財課の担当者は「これまでにない遺物の発見だ。海底遺跡にはまだ調査が進んでいないところが残っている。今後もさまざまな遺物が発見されることを期待したい」と話した。



