推薦入試の増加が日本人の学力低下を招くという見方があるが、実際はどうなのか。ドラゴン桜財団代表理事で「ドラゴン桜2」編集担当の西岡壱誠氏は、推薦入試と一般入試の違いはそれほど大きくないと指摘する。
推薦入試と一般入試の共通点
推薦入試では、「なぜこの大学なのか」「大学で何を研究したいのか」「そのために高校時代に何をしてきたのか」を考える。当然、大学について調べ、「自分はこういうことに興味がある。この大学にはこういう先生がいる。この学部ならこういう研究ができる。だから高校時代にはまず、こんな活動をしてみよう」と逆算して行動する必要がある。
これは、一般入試で「この大学では英作文が出る。今の自分には英作文の力が足りない。だから夏までにこの参考書を終わらせよう」と考えるのと、構造としてはかなり似ている。どちらも、ゴールを調べ、現在地を知り、必要な行動を逆算して実行するのだ。
生成AIの活用と「本人の実力」
推薦入試だけが、よくわからない「人間力」を見ているわけではない。一般入試が主に「学習計画」という形で戦略性を見るのに対し、推薦入試は興味関心・活動・進路選択を含めた、もう少し広い範囲で戦略性を見ている。この2つにそんなに違いはないのではないか。
この話をすると、必ず出てくるのが生成AIだ。「推薦入試なんて、志望理由書をChatGPTに書かせたら終わりじゃないか」という声がある。もちろん、大学ごとに定められた生成AIの利用ルールを守ることは大前提だ。本人が考えてもいない志望理由をAIに作らせ、それを自分の考えであるかのように提出するのは論外である。
しかし西岡氏は、「AIを使った時点で本人の能力ではない」という考え方にも違和感があるという。なぜなら普通に勉強する際にも、つまり一般入試の努力だって、すでに一人だけで勉強しているわけではないからだ。学校の先生に聞く、塾に行く、参考書を使う、模試の分析を見る、YouTubeで授業を見る、生成AIにわからない問題を質問する。これらは全部、「外部の力」を使っている。
「使う力」の重要性
重要なのは、何も使わずに一人で完成させられるかではなく、使えるものを適切に使って、最終的に自分の力にできるかではないだろうか。AIに全部答えを作らせる人と、AIとの対話によって自分の考えを深める人は、同じ「AIを使った人」でもまったく違う。先生に全部やってもらう人と、先生からヒントをもらって理解を深める人が違うのと同じだ。
一般入試も推薦入試も、努力の過程で生成AIを使うことを否定してはいない。自分ひとりで努力を完結させることを求めているわけではないのだ。



