地球温暖化の影響でニホンジカの分布域が拡大し、滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山(標高1377メートル)では、シカの食害が原因とみられる土石流被害が発生した。また、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の感染拡大につながる懸念も出ている。
伊吹山で相次ぐ土石流被害
2023年に南側斜面の登山道が崩落し、翌年7月には麓の滋賀県米原市伊吹地区の集落に土石流が流れ込む被害が1か月に3回発生した。これらの被害はニホンジカによる食害の影響が大きいという。
発生当時、地区の自治会長だった石河康久さん(64)は「ここに住んで約30年になるが、10年ほど前から野生のシカを見ない日がないくらいになった」と話す。
積雪減少でシカが越冬しやすく
多雪地で知られた伊吹山だが、近年は地球温暖化で積雪量が減少。シカが越冬しやすくなったことで、高山植物の食害が顕著になった。2020年代に入ると中腹から頂上にかけての斜面がむき出しに。シカは植物の葉っぱだけでなく、樹皮や落ち葉、新芽まで食べる。花畑で有名だった伊吹山は今や見る影もない。
現地調査を行った東京農工大の石川芳治名誉教授(砂防学)は「シカの食害で山の保水力が低下し、土石流被害につながった全国初のケース」と指摘。「他の地域でもシカの食害は拡大しており、同様の被害が起こる恐れがある」と警告する。
シカ捕獲強化も植生回復は遅々として進まず
米原市はシカの捕獲を強化し、2023~2025年度に計1064頭を捕まえた。2026年度も300頭を目標とする。さらに防護柵を設置するなどしているが、植生の回復は遅々として進まない。
山とみどり再生課の川瀬雅史課長補佐(49)は「特効薬はない。地道に時間をかけてやるしかない」と話す。
SFTS感染拡大の懸念
温暖化によるシカやイノシシといった野生動物の分布域拡大は生態系への影響にとどまらない。マダニが媒介するSFTSの感染増加にもつながると懸念されている。
SFTSは致死率が3割近くに達する感染症で、元々は西日本での感染者が多かった。だが、近年は東日本に拡大し、2025年には神奈川県、岐阜県、北海道などを推定感染地域とする患者が初確認された。
「山にダニがいることは意識していたのに、まさか自分がかまれるとは」と話すのは、昨年10月にSFTSを発症した静岡県伊豆市の女性(91)だ。発熱してかかりつけ医を受診したが、数日後には熱が40度台に達し、救急搬送された。ウイルス検査でSFTSが判明し、約2週間の入院を経て退院した。
女性の自宅は山あいの自然豊かな住宅地。裏山にはシカやイノシシも生息する。日課の飼い犬の散歩中にマダニにかまれた可能性があるという。同県では2021年の初確認以降、毎年のように感染者が出ており、昨年は過去最多13人が感染し、3人が死亡した。
女性を診療した順天堂大静岡病院の大森一彦・救命救急センター長(43)は「この2、3年、SFTSが疑われる患者の搬送が増えた。初見でSFTSを疑うのは簡単ではない」と話す。初期対応を誤れば重篤な症状に陥りかねない。「感染者が出ていない地域でも、ウイルスを持ったマダニは身近にいると思う必要がある」と強調する。



