終戦間近の1945年7月、日本の輸送船が対馬沖で沈没し、800人を超える将兵らが亡くなってから81年が経過した。長崎県対馬市の市民らは、同市厳原町上見坂の雑木林にひっそりと建つ慰霊碑「平和乃碑」を訪れ、手を合わせて慰霊するとともに、戦争のない世界を願った。
慰霊碑に舞うホタルが語るもの
船に乗った人々の命日である7月10日が迫った6月23日夜、碑の周辺で、同市に生息する「ツシマヒメボタル」を撮影した同市美津島町の写真家、平山年春さん(71)は「あの夜は遅くまで碑の周りを飛び交っていた。亡くなった人たちの霊魂かと思った」と振り返った。
平山さんは「ホタルを見て、生きたくても生きられなかった人たちの上に、今の平和が築かれていることを改めて思った」と語る。また、「碑は物言わぬ語り部。無意味で悲惨な戦争の歴史を伝え、平和の尊さ、命の大切さも訴えているようだ。各地で起きている戦争や紛争を早くやめてもらいたい」と手を合わせたという。
碑の建立と継承される慰霊の心
碑は高さ約1.3メートルで、1987年7月に戦没者遺族会が建立した。碑文には「玄海は語らず 消えた空五七七部隊(空編第一六九号要員)将兵八七四名は第二次大戦の昭和二十年七月十日博多港出航 不運にも対馬沖にて沈没全員海底深く沈む」と記されている。
毎年7月10日、厳原町東里の会社経営、八重島成一郎さん(60)は慰霊を欠かさない。父親が碑の建立を世話したことがきっかけだという。「おやじが亡くなった後、遺族会から手紙で『碑に花を供えてもらいたい』と託されました。続けて約25年にもなりましょうか」と話す。
平山さんは「各地で起きている戦争や紛争を早くやめてもらいたい」と訴え、静かに手を合わせた。ホタルの光が、犠牲者の魂と平和への願いを照らし出している。



