熊本県で最大震度7を記録した「令和8年熊本地震」は28日、発生から1か月を迎える。7月28日の発生直後、記者は高松から熊本に向かい、同29日から8月1日まで被害の大きい同県宇城市で取材した。大規模災害で少なからぬ人が不自由な生活を強いられる現実を目の当たりにした。(池田光汰)
車中泊を選んだ住民、ガソリン不足と余震への不安
地震発生翌日の7月29日、震度7を観測した宇城市に車で入った。道路はあちこちでひび割れが見られ、商業施設や多くの住宅が損壊していた。昼頃、市内の道の駅に到着すると、駐車場で中学生の長男と車中泊をしている派遣社員の女性(47)と出会った。
尋ねると、近隣のガソリンスタンドはいずれも営業しておらず、自家用車のガソリンが底をつきそうで、車内のエアコンをつけられないという。女性は夜も車の窓を開け、汗をぬぐいながら暑さをしのいでいた。
自宅は家具や冷蔵庫、靴箱などが倒れ、足の踏み場もない状態だという。いつ大きな余震に襲われるかわからず、「息子と2人きりで自宅にいるのは怖い」と車内での生活を選んだ。「ロードサービスの給油は頼んだが、いつ来るかはわからない。支援が来るまでここにいるしかない」と明かした。
発生からしばらくの間、車中泊を選ぶ住民に何度も遭遇した。「余震が怖くて家に戻れない」「自宅のエアコンがつかない」「避難所は気を使う」など、理由は様々だった。
記者が高松に戻ってから女性に連絡を取った。7月末に女性の知人がガソリンや食料を持って駆けつけてくれたという。
女性は自宅の片付けをした後、自宅での生活を再開した。幸い、停電はなかったものの、約2週間ほどは断水が続いたことから、車でコインランドリーに出かけて洗濯をしたり、自衛隊が提供する風呂を利用したりして乗り切った。今も、「また大きな余震が襲ってくるのではないかと不安になる」と話す。
避難所の過酷な環境、高齢者の水分不足とトイレ問題
発生直後に取材に入った宇城市内の避難所の一つでは連日、最高気温30度を超える中、多くの人が身を寄せ合っていた。
施設の自家発電や高圧発電機車でエアコンをつけ、暑さをしのいでいた。数日後には、県外から自衛隊や医療チームのメンバーらがこの避難所にも駆けつけて支援を開始。熊本県内の人たちもボランティアで訪れ、かき氷や焼きそば、ジュースを振る舞っていた。
安堵の声が聞かれた一方、苦痛に耐えている人もいた。
この避難所に身を寄せる60歳代女性は、仮設トイレの便座が低く、手すりがないため転んでしまったという。女性は足が悪く、普段から歩行に杖を使っていた。目の持病もあって視野が狭いため、避難所では夜、怖くてトイレに行けず、我慢しているという。女性は「この状況だから仕方ないね」とこぼした。
避難所では水分を取らない高齢者らが目立った。現地で活動した泉川病院(長崎県南島原市)の泉川卓也院長は危機感を募らせ、呼びかけていた。「特に高齢者は避難所でトイレに行かないよう水分を取らないでいると、熱中症になる恐れがある。できるだけ水分を取ってほしい」
復旧への課題と今後の備え
被災地で目にしたのは、電気や水道、道路の復旧に加え、高齢者や子ども、障害者らへの支援など、日々多くのニーズが生じていることだった。地震発生直後は一人一人に支援が行き届くことは簡単ではないと痛感した。いつ災害が起きるかわからないからこそ、私たちは日頃から入念に準備をする必要がある。



