熊本県を襲った最大震度7の地震は、全国有数の農業県に深い爪痕を残した。い草の産地として知られる八代市や氷川町では、畳づくりに使う工場の倒壊や機械の破損が相次いだ。水路、ため池なども深刻な打撃を受け、農家は苦境に立たされている。
い草農家、工場倒壊で生産のめど立たず
「10年前も被災した。余震が続く中、この工場では怖くて作業できない」。今月9日、八代市鏡町鏡村にある畳表の生産工場で、い草農家の栄田真さん(57)は肩を落とした。7月末からお盆前頃が畳表の生産の繁忙期で、1週間に約120枚を出荷するが、まだ手が付けられてない。
い草と畳表の生産は戦後に祖父が始め、栄田さんで3代目。自宅敷地内にある木造2階建ての工場は、2016年の熊本地震でも被災してゆがみ、柱を増強するなどして修繕した。今回の地震で同市は震度6強を観測した。工場の壁や天井が崩落した。い草に水分を与えて織りやすくするための加湿器は下敷きになり、い草の長さや状態を選別する機械や織機も土ぼこりをかぶった。
自宅の片付けも終わっておらず、工場から機械を運び出して動くかどうかの確認まで手が回っていない。機械の製造会社は減少し、修理や新たに機械の調達を行うにしても、見通しは立っていないという。
用水路の損壊で収穫の恐れ、梨も深刻な被害
地震で農業用水路が損壊したことも不安だ。い草の苗を植えている田が干上がり、収穫できない恐れがある。栄田さんは、「また地震で被災するなんてしんどすぎる。高校生の子どもが2人いて、この年で商売替えをするのは難しい」とうつむいた。
氷川町鹿島のい草農家、藤井幸成さん(77)も、工場が損壊し、6台の織機のうち3台が破損した。50年以上のベテランだが、「織機の修理費は高額で先が見えない」と不安を吐露した。
い草の収穫量は、熊本県が全国1位だ。JAやつしろ・い業センター(八代市)によると、い草農家は八代市と氷川町、宇城市に計約200軒ある。今回の地震で織機の破損や作業小屋の倒壊などが相次いで確認された。昨年8月には大雨の被害も受けており、担当者は「農家の心が折れないか心配だ」と話す。
震度7の揺れに見舞われた氷川町は、熊本の「梨の発祥地」とされる。生産された梨は「吉野梨」のブランドで知られるが、梨農家の被害も深刻だ。同町高塚の木野武盛さん(70)は、50年以上にわたって梨の生産に取り組んでいる。広さ約2・3ヘクタールの農園では「幸水」や「あきづき」など様々な品種が実り、7月中旬から収穫を始めたばかりだった。
地震発生時、収穫作業中だった木野さんは、地面に落ちる梨を見ることしかできなかった。実の9割が落ち、「今年はもう収穫できる梨がなくなり、収入源を失った」。木野さんはため息をついた。
被害額は約381億円、全容把握に時間
JAやつしろ吉野果実選果場(氷川町)によると、梨部会に所属する約70人の農園では、それぞれ8~9割の梨が被害を受けた。選果場の坂本浩・場長(55)は「経験したことのない被害だ。梨農家からは生産をやめようという声も聞くが、何とか支える手立てを考えたい」と話した。
熊本県のまとめによると、13日時点(速報値)の地震による県内の農林水産業の被害額は約381億円に上る。田畑の被害は421か所、農業用ため池や水路などの破損が2845か所で確認されている。
農林水産省によると、熊本県は2024年の農業産出額が4116億円で全国6位。今回の地震の被害は、特に農業が盛んな地域に集中しており、全容把握には時間がかかりそうだ。県は「今後の生産にも影響が出る。被害額は膨らむ」とし、13日には農業用水利施設の応急復旧費など41億6100万円を盛り込んだ補正予算を専決処分した。農水省も「迅速に支援する」としている。



