熊本・牛深沖で旧日本海軍軽巡「長良」を有人撮影、348人の犠牲を慰霊
熊本沖で旧日本海軍軽巡「長良」を有人撮影、犠牲慰霊

熊本県天草市の牛深沖で21日、太平洋戦争中に撃沈された旧日本海軍の軽巡洋艦「長良」の潜水調査が行われ、水深約100メートルの海底に横たわる船体の撮影に成功した。水中探検家の伊左治佳孝さん(37)率いる調査グループが達成したもので、有人による撮影記録は初めてとなる。遺族ら関係者は「犠牲者を慰霊し、平和の大切さを伝える貴重な成果」と評価している。

長良の沈没の経緯

長良は1944年8月7日、鹿児島から長崎県佐世保市に向かう途中、天草市牛深町の西方約10キロの沖合で米潜水艦「クローカー」が発射した魚雷を受け沈没。乗組員583人のうち235人が地元漁師らに救助されたが、348人が死亡した。

調査のきっかけは、長良に搭乗して戦死した中原義一郎艦長の孫、西中誠一郎さん(61)から沈没の話を聞いた伊左治さんが、地元で「軍艦長良記念館」を運営する市社会福祉協議会牛深支所に潜水調査を提案したこと。市社協を通じて遺族らの考えや希望が確認され、調査の同意が得られた。

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調査の詳細と成果

調査船は午前9時に牛深港を出港。海流が安定する正午過ぎの満潮時を中心に、水中スクーターなどを活用して潜水作業を進め、撮影に成功した。帰港した伊左治さんは「船体はしっかり保存されていた。難しい挑戦だったが、撮影に成功でき、ご遺族や関係者によい報告ができてよかった」と語った。

撮影された画像には、船首か船尾にあたる尖った船体が写っている。今後、図面などの資料と照らし合わせて撮影位置を特定する予定。海底は砂地で、船は横転せず甲板を上に向けて沈んでいた。周囲の海流は穏やかで、視界も約10メートルあり、調査環境として悪くない状態だったという。

遺族の思いと今後の展望

調査船に同乗し海上から見守った西中さんは「戦争の意味を考える貴重な材料にしていきたい」と感謝を述べた。今回の調査は犠牲者の遺品収集などは行わず、撮影のみに限定。市社協によると、遺族らは艦を墓標そのものととらえ、「艦の様子を知り、遺品などはそのままにして慰霊をしたい」と望んだという。

調査グループは今後、撮影された船体が長良かどうかの鑑定を専門家に依頼する。この成果は、戦後80年を迎える中で、戦争の実相を伝える貴重な資料となると期待されている。

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