約2年8カ月前の能登半島地震で避難所に愛猫と入れず、191日間の在宅避難生活を送った石川県輪島市の夫妻が、自らの経験を絵本にするためクラウドファンディング(CF)に挑戦中である。発生から3週間超となる熊本地震の被災地でもペット同行可能な避難所の開設など、ペット連れの被災者支援が広がっている。
避難所で「猫はだめ。外に出して」
絵本制作を目指すのは輪島市の仮設住宅で暮らす中谷勝洋さん(65)、満美子さん(66)夫妻。愛猫・源太くんの命日である先月9日、絵本の制作費250万円を目標としたプロジェクト「源太が生きた191日 ぼくはかぞくだから」を開始した。
夫妻が大阪府八尾市から源太くんと勝洋さんの実家がある輪島・黒島地区へ移住したのは令和4年6月。同地区は江戸時代から北前船の船主らが居住する集落として栄え、黒い能登瓦に下見板張りの外壁という伝統的な建物が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。夫妻も蔵や地区特有の中庭「ミツボガコイ」がある自宅で、源太くんと穏やかに暮らしていた。
だが令和6年の能登半島地震で家屋は大規模半壊。満美子さんは倒れたサイドボードが頭にかぶさった勝洋さんを何とか救出し、「津波が来るから上へ逃げろ」との声に源太くん、95歳の義母を連れて高台の寺へ避難した。100人ほどが集まっていて、源太くんは乗せていたバギーごと玄関に置かせてもらった。
「心の底から絶望した」
しかし数日後、指示されて移った地区の公民館の避難所では「猫はだめ。外に出して」と言われた。リードでつないだ源太くんはバギー内に置いたトイレで排泄する、おとなしい15歳の高齢猫だ。外はみぞれ交じりの雨で「こんな寒い戸外では死んでしまう」と頼んだが、「ペットは禁止」の一点張りだった。生きた心地もなく避難してきた中谷さんは「心の底から絶望した」と振り返る。
家族同然の源太くんを外に置いて、自分たちだけ避難することなどできない。幸い、義母は千葉の義姉宅に預けることができたため、夫婦で源太くんと自宅に戻った。街灯が消え、真っ暗な集落の中でたどり着いた自宅1階はあらゆる扉や窓が壊れ、吹きっさらし。布団や毛布をかき集め、避難所でもらったカイロで寒さをしのいだ。数日後、様子を見に来た友人に「雪が積もると危ない」と言われ2階に移った。電気も水もない生活は仮設住宅へ移るまで191日間に及んだ。
環境省のガイドライン改定
源太くんは仮設入居が決まったころ、末期の腎不全と判明。入居から1カ月もたたない7月9日に息を引き取った。「能登へ引っ越さなければ、地震後大阪に戻れば、もう少し生きられたのでは…」と、満美子さんにはさまざまな思いが交錯した。災害時にペットとともに生き、命を守ることの難しさ、大切な家族と離れずに暮らす大切さを改めて痛感した。
環境省は能登半島地震で一部避難所でのペット受け入れ拒否などがあったことを踏まえ、自治体向け災害対策の指針「人とペットの災害対策ガイドライン」改定案を公表。飼い主と一緒に避難する「同行避難」を促進し、指定避難所での受け入れ態勢を自治体が整備すると明記している。
「特別ではなく、当たり前の社会に」
中谷さん夫妻は今、保護猫5匹と仮設住宅暮らし。解体された自宅跡には外で暮らす猫たちのための小屋を設置、通ってくる10匹ほどを世話している。建設費高騰で自宅再建は難しく、災害公営住宅に申し込んだ。
プロジェクト開始から19日後に起きた熊本地震に、満美子さんはプロジェクトへの支援呼びかけ自体を躊躇したという。だがペットと避難所に入るのを遠慮して車中泊する人や、自宅にとどまる人がいることを知り、自分たちの経験を発信すべきだとの意を強くした。「ペット同行避難が『特別』ではなく、当たり前の社会になってほしい。そうであればあのとき、避難所の方たちも、私たちを断らずにすんだと思うのです」と話す。



