120年続く下津海水浴場が閉鎖へ ライフセーバー学生が語る「ホームビーチ」の記憶
120年続く下津海水浴場閉鎖 学生ライフセーバーの思い

明治時代から120年以上続く由緒ある海水浴場が、今年の夏、姿を消す。東京から車で1時間半の距離にある茨城県鹿嶋市の下津(おりつ)海水浴場。レジャーの多様化や熱中症への警戒感でビーチから人が遠のきつつある。多くの家族連れや若者らでにぎわった光景は、もう戻らないのか。

学生ライフセーバーが守ってきた海

「私にとって下津は過去も今も未来もホームビーチに変わりはない」。早稲田大3年の古沢すみれさん(21)は、年間100日ちかくを下宿先の都内から離れて下津で過ごす。栃木県内の高校を卒業後、早稲田大に進学。「新しいことを始めてみたい」と、ライフセーバーのサークルに入った。活動するビーチを探していたとき、たどりついたのが下津だった。

海水浴場なのに波が高い日もあり、来るたびに海の「顔」が変わるのが新鮮だった。他のビーチとは違い、ライフセービングの活動が大学生だけに任されるなど自主性の高さも魅力に感じた。古沢さんが所属するNPO法人鹿嶋ライフガードチームは、30年以上前から市内にある下津と平井の海水浴場を守ってきた。今年は複数の大学に通う30人ほどの学生が所属する。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

「原点の場所」での四季の鍛錬

活動は夏だけではない。四季を通じて鹿嶋に通い、海の特徴を体に覚え込ませた。「下津は波が荒く身長よりも高いこともある。その波にはねかえされない体力を付けた」と古沢さんは語る。練習だけでなく地域に溶け込み、地元住民との交流も大切にしてきた。

しかし、海水浴客の減少は深刻だ。全国的な傾向として、レジャーの多様化や熱中症への警戒から海水浴場を訪れる人は減少。下津海水浴場も例外ではなく、運営を続けることが難しくなった。鹿嶋市は今年の夏をもって海水浴場を閉鎖することを決定した。

海と生きる人々の思い

本記事は連載「海と生きる」の一環で、海に関わる人々の思いを伝える。下津海水浴場の閉鎖は、日本の海辺のレジャー文化の変遷を象徴する出来事だ。古沢さんは「下津の海で得た経験は一生の宝物。閉鎖後も何らかの形で海と関わり続けたい」と話す。

海水浴場の閉鎖は鹿嶋市だけでなく、全国の海岸地域で進んでいる。気候変動やライフスタイルの変化が、海との関わり方を変えつつある。しかし、古沢さんのように海を愛し、守り続ける人々がいる限り、海と生きる文化は形を変えて継承されていくのかもしれない。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ