戦禍の記憶を語り継ぐ「語り部」、子や孫・ひ孫世代へ拡大 日本遺族会
戦禍の記憶語り継ぐ「語り部」、子や孫・ひ孫世代へ拡大

戦没者遺族でつくる日本遺族会(東京)で、先の大戦の語り部を務める会員が増えている。戦没者を慰霊するための戦地訪問事業で研修を受けるなどして、語り部を志す人が相次いでいるためだ。厚生労働省も語り部の活動費を補助するなどして、戦禍の記憶の伝承を後押ししている。

遺族が語る戦争の実相

7月中旬、大阪府内の小学校で行われた平和学習。語り部として初の講話に立った大阪府羽曳野市の土本初代さん(81)は集まった児童約120人に向け、父が戦死するまでの経緯や平和への思いを語った。

茨城県内の農家だった父・吉沢利正さんは1944年6月に召集され、ビルマ(現ミャンマー)へ向かった。戦地から帰らぬまま、同年12月に26歳で亡くなったとされる。3歳のある日、母が首から白木の箱を下げて帰宅。箱の中には少量の髪の毛が入っており、小学生になる頃に父の遺髪だと理解したという。

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父は出征時、祖父母に「帰って来られないかもしれない。娘たちを頼む」と告げた。土本さんは講話で児童たちに「もし、自分のお父さんだったらどう思いますか?」と投げかけた。講話を聞いた6年生の男児は「戦争の具体的な話を初めて聞き、心が痛んだ。自分たちにもできることを考えたい」と語った。土本さんは「うまくできたか不安もあるが、戦場の厳しい現実が子どもたちに伝わっていることを願いたい」と期待を寄せた。

子や孫世代への継承

日本遺族会は記憶の継承に向け、戦没者の子や孫、ひ孫などの世代の語り部の育成に取り組んでいる。終戦から80年の節目の2025年度には、海外の戦地を訪ねる「慰霊友好親善事業」の中で、遺族向けに語り部育成の研修を開いた。土本さんも今年3月、父の慰霊のため同事業でミャンマーを訪れた際、現地で語り部の研修を受講した。

研修では慰霊の意義などを学ぶだけでなく、他の遺族らとの座談会も行われ、「自分と同じ遺児と話すことでこれまでの歩みや感情を整理でき、戦争の悲惨さを改めて痛感した」と土本さん。研修を踏まえ、約1か月かけて話す内容をまとめて学校での講話に臨んだという。

祖父がフィリピンで戦死した埼玉県熊谷市の会社員、大野界斗さん(53)は、23年度にフィリピンを慰霊訪問した後に国内で同会の研修を受け、語り部になろうと決めた。年内にも講話を始める予定で、「実体験として話せなくても、経験者から話を聞いて語り継ぐことが重要。戦時中を生きた人の苦労などを次の世代に伝えていきたい」と意気込む。

厚労省の支援と急増する語り部

戦禍の風化を防ごうと、厚労省は24年度から戦禍を語り継ぐ民間団体を支援する「平和の語り部事業」を始め、日本遺族会が唯一の実施者に採択された。同会の会員が学校などで講話する時の活動費などとして、今年度は2億6000万円を補助する。

こうしたことも後押しになって語り部の育成も進み、同会が把握する語り部は23年4月に約230人だったのが、今年5月には約1200人に急増。全国の小中学校などから同会への依頼が相次ぎ、25年度は1981回の語り部活動を実施した。厚労省の担当者も「若い世代にとって貴重な経験となっている。戦争体験者が減る中、講話の機会を広げてほしい」と話す。

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新たな課題と今後の展望

課題もある。同会は海外の戦地を訪ねる慰霊事業を25年度いっぱいで終了したため、遺族らが現地に足を運び、戦争について学ぶ機会が失われつつある。同会は今後も語り部の輪を広げるため、遺族らが戦地を訪れ、現地の人と触れ合う交流の場を設けることを検討している。同会の細貝洋子・語り部事業本部長は「戦没者の子のほか、孫やひ孫の世代にも戦地で慰霊や友好親善を体験してもらい、平和の尊さを伝承する意義を感じてほしい」と語る。