倉本聰さん死去、富良野で膨らんだ「北の国から」の着想語る
倉本聰さん死去、富良野で膨らんだ「北の国から」の着想

日本のドラマ史に残る名作を手掛けた脚本家の倉本聰さんが18日、死去した。北海道・富良野の大地を愛した倉本さんは、ドラマを樹木にたとえ、「樹は深く根を張っている。根のないドラマは成立しない」と語っていた。

富良野移住が生んだ「北の国から」

テレビ草創期から多くの脚本を執筆した倉本さんは、1977年に富良野へ移り住んだ。初めての夜は、何かの気を感じて闇の深さにおののいたという。

当時の富良野には、農業や水産業などに従事していた人々が残した廃屋が多くあり、それらを訪ねるうちに「北の国から」のアイデアが膨らんだ。同作は1981年10月、フジテレビ系列で連続ドラマとして始まった。

妻と別れて東京から故郷の富良野に戻った黒板五郎が主人公で、電気もガスも水道もない廃屋で2人の子どもを育てる姿を描いた。経済成長や東京一極集中が進む時代にあらがう親子の姿は大きな反響を呼び、第1シリーズの半年間で視聴者からの投書は1万通を超えた。

古巣への厳しい言葉と「やすらぎの郷」

続編は単発ドラマとして作られ、五郎の息子・純は当時子役だった吉岡秀隆さん、娘・蛍は中島朋子さんが演じた。視聴者は疑似家族のように3人を捉え、成長を見守った。

近年は、長く関わった放送業界に厳しい言葉を発することも多かった。「『北の国から』は真冬でも20回も撮り直すことがあった。今は演出家にそこまでの熱意がない。役者を養成する意識もなく、効率を求める業界に役者も毒されている」と語った。

2017年春からテレビ朝日系で放送した連続ドラマ「やすらぎの郷」の脚本には、古巣への強い思いを込めた。主演の石坂浩二さんのほか、浅丘ルリ子さん、加賀まりこさん、五月みどりさんらテレビ黄金期を飾った俳優を起用。テレビに功績のあった者のみが無償で入居できる老人ホームを舞台に、テレビ批判を交えながら超高齢化社会の人間模様を映し出した。