大河ドラマ「豊臣兄弟!」で秀吉の上司として描かれる丹羽長秀は実は信長家臣団のナンバー2ではなかったと系図研究者
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で秀吉の上司として描かれる丹羽長秀は実は信長家臣団のナンバー2ではなかったと系図研究者

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で池田鉄洋が演じる丹羽長秀。秀吉(池松壮亮)の上司的な立場として描かれるが、系図研究者の菊地浩之さんは「大河ドラマとちがって、長秀はもともとの身分が低いためか、信長家臣団のナンバー2ではなかった」と指摘する。

羽柴秀吉の名乗りが生んだ誤解

秀吉が元亀4(1573)年頃に「羽柴」筑前守秀吉と名乗ったのは、柴田勝家の「柴」と丹羽長秀の「羽」を取ったためとされる。この逸話から、柴田勝家と丹羽長秀が織田家臣団の双璧だと思われがちだが、実際は違う。

柴田勝家は天正3(1575)年に越前ほぼ一国を任され、北陸方面の司令官として活躍した。しかし丹羽長秀は方面軍司令官にはならず、若狭一国の支配と四国方面軍の副官にとどまった。石山本願寺攻めを任されたのは佐久間信盛であり、秀吉が羽柴を名乗った頃の織田軍のナンバー2は佐久間信盛だったと菊地さんは見る。

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信長から寵愛された丹羽長秀

とはいえ、丹羽長秀が信長から全く評価されていなかったわけではない。長秀の妻は信長の姪(養女)であり、嫡男・長重も信長の五女と結婚している。信長は長秀とその子に自分の娘(養女)を与えるなど、寵愛の証を示している。

しかし、その立ち位置は柴田勝家や秀吉に比べると低く、ナンバー2ではない。大河ドラマでの印象と史実の違いが浮き彫りになっている。

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