水俣病資料館語り部の会の初代会長で、患者の浜元二徳(はまもと・つぎのり)さんが16日、肺炎のため死去した。90歳だった。
通夜・葬儀の日程
通夜は17日午後6時、葬儀は18日午後2時30分から熊本県水俣市港町3の1の29の斎場パールホールいけだで営まれる。喪主はおいの節(みさお)さん。
水俣病との闘いの歩み
浜元さんは水俣市で漁業に従事。公式確認前の1955年に発病し、両親も水俣病で亡くなった。原因企業チッソに損害賠償を求める水俣病1次訴訟に参加。勝訴後はチッソ本社での交渉などで、現在の補償体系の確立に貢献した。
国内外での被害訴え
72年には国連人間環境会議が開かれているスウェーデン・ストックホルムを胎児性患者の坂本しのぶさんと訪れ、被害を世界に訴えた。84年には「アジアと水俣を結ぶ会」を結成して世界各地に出かけ、環境破壊に警鐘を鳴らした。94年からは資料館の最初の語り部として活動し、小中学生らに公害の怖さを訴えた。