公益社団法人「ひょうご被害者支援センター」の理事長を18年間務めた弁護士の井関勇司さん(83)が、6月に退任した。1997年の神戸連続児童殺傷事件をきっかけに被害者に寄り添い、支える活動に力を注いだ。「支援する体制はある程度できた。若い人にバトンタッチする」と語った。
「被害者支援はゼロだった」
井関さんは97年、連続児童殺傷事件で殺害された土師淳君(当時11歳)の遺族の代理人となった。「当時は被害者への支援は全く何もなく、ゼロの状態だった」と振り返る。
大切にしたのは、遺族の話を聞くこと。そのうえで、過熱した時のメディア対策や加害者側への訴訟など、支援につながるあらゆることを手探りで進めた。
少年法改正にも関与
少年法の見直しにも関わった。遺族は「真実が知りたい」と望んでいたが、少年審判では「蚊帳の外」。井関さんは国会審議に遺族が参加する橋渡しを担い、2000年、法改正が実現した。審判での意見陳述や記録の閲覧など、被害者への配慮が定められた。
センターは02年に発足。井関さんは設立の準備段階から携わり、08年には理事長に。官民問わず協力を呼びかけ、相談員の養成にも力を入れた。センターは今では年1400件を超える相談に対応し、裁判の代理傍聴や公務員向けの研修、講演など幅広い活動で犯罪被害者や家族を支えている。
後進に託す
井関さんは6月13日付で理事長から退き、顧問となった。「スタッフの確保と養成が非常に大変だったが、今は全国でトップレベル。安心して辞められる」と後進に託した。
7月に警察庁長官から「警察協力章」を贈られた。兵庫県警本部での伝達式の後、井関さんは「被害者支援は、僕のライフワーク。これからも側面的に協力、支援していきたい」と話した。



