終戦前夜、熊谷市が爆撃機の編隊に攻撃された「熊谷空襲」の犠牲者を悼む灯籠流しが16日、市街地を流れる星川で行われた。
熊谷空襲の記録と灯籠流しの歴史
1945年8月14日夜から15日にかけて行われた熊谷空襲では、市街地の3分の2が焼け、星川を中心に266人が犠牲になったとの記録が残る。灯籠流しは、戦後の50年から慰霊などを目的として続けられてきた。
今年の灯籠と参加者の様子
今年は犠牲者の名前が記された大型の灯籠8個と、地元の中学生や商工会議所が作った小型の約600個が用意された。川沿いに集まった遺族や地元住民らは流し場に下りて腰をかがめ、星川に灯籠を浮かべた。子どもたちは、橋から川の水面までをつなぐ特設のスロープの上から灯籠を手放していた。
実行委員会会長の思いと参加者の声
実行委員会の藤間憲一会長(80)は「利他の心をもって分断のない平和な社会を願う機会にもなってほしい」と話す。同市の中学3年新井一槻さん(14)は「この川でたくさんの人が亡くなったことを想像して灯籠を流した。二度とそんなことが起きないでほしい」と話した。



