「不機嫌な職場」を科学する:グレーゾーンハラスメントが人を追い詰める
グレーゾーンハラスメントが人を追い詰める

職場のハラスメント対策が進むにつれ、あからさまな暴力やセクハラは減少している。しかし、その一方で「ハラスメントかどうか判断が難しい」グレーゾーンの行為が増加し、人をじわじわと追い詰め、うつ病に至らせるケースが後を絶たない。神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授の津野香奈美氏(医学・保健学博士)は、著書『「不機嫌な職場」を科学する 悪意なきパワハラと攻撃を生み出すメカニズム』(SB新書)の中で、この問題の本質に迫っている。

深刻なハラスメントは減少傾向にあるが…

津野氏らの2010年の調査(163社対象)によると、5年前と比較して「胸ぐらをつかむ・書類を投げる等の暴力行為」「セクハラやジェンダーハラスメント」「サービス残業の強要・退職勧奨」といった明確なハラスメントは減少していた。一方で、「人格を傷つける発言や嫌味」「指導と称した厳しすぎる教育」など、ハラスメントかどうかの判別が難しいケースが増加している。この傾向は2010年時点で既に現れており、現在ではさらに強まっていると津野氏は指摘する。

2023年度の厚生労働省ハラスメント実態調査(全国の従業員30人以上の企業・団体、回答数7780)でも、対策を進める上での課題として「ハラスメントかどうかの判断が難しい」が59.6%と最も多く挙げられている。判断が難しい事案は認定されにくく、行為者が処分されないまま終わることが多いのが実情だ。

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「ハラスメント」の深刻度は幅広い

ハラスメントの深刻度は、刑法上の犯罪(暴行・傷害・脅迫・名誉棄損など)から、民法上の不法行為や労災認定レベル(同僚の前での罵倒、1時間以上にわたる叱責など)まで幅広い。これらは「やってはいけないパワハラ」として広く認識されている。しかし、ハラスメントはそうした深刻なケースだけではない。「社会通念上許容される範囲を超えた」言動であれば、ハラスメントとして認定される。この「社会通念」は時代とともに変化するものであり、かつては許容されていた行為も、現在ではハラスメントと見なされるようになっている。

例えば、「ミスが多い部下への人格否定を含む叱責」は、以前は許容する人が一定数いたが、近年では「どんな理由があってもパワハラだ」と即答する人が増えている。津野氏は研修の場で毎年この変化を実感しているという。2025年6月には、カスタマーハラスメント(カスハラ)の定義が法制化され、その中でも「社会通念」という言葉が使用されている。

インシビリティ(無礼な態度)がもたらす深刻な損害

問題視すべきは、ハラスメントと認定されない「グレーゾーン」の行為、特にインシビリティ(incivility:無礼な態度)である。インシビリティとは、明確なハラスメントには該当しないが、相手を不快にさせる軽微な無礼行為を指す。例えば、「ほんとにできているんでしょうねえ」といった皮肉や、軽視するような口調、無視などが該当する。こうした行為は単独では小さく見えるが、継続的に浴びせられることで、被害者の自尊心をじわじわと傷つけ、精神的なダメージを蓄積させる。

研究によれば、インシビリティは職場の生産性低下、離職率の上昇、チームの協力関係の崩壊など、組織全体に深刻な損害をもたらす。津野氏は「ハラスメント未満」の野放しは危険だと警鐘を鳴らす。なぜなら、こうした行為は放置されることでエスカレートし、最終的には明確なハラスメントや暴力に発展する可能性があるからだ。

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グレーゾーンハラスメントへの対策が急務

企業は、明確なハラスメント対策に加えて、グレーゾーンの行為に対する認識を高め、予防策を講じる必要がある。具体的には、研修を通じて「社会通念」の変化を共有し、日常的なコミュニケーションのあり方を見直すことが求められる。また、被害者が声を上げやすい相談窓口の設置や、匿名での報告システムの導入も有効だ。

津野氏は、ハラスメントの定義が時代とともに変化する以上、企業は常に最新の社会的基準に合わせて対策をアップデートする必要があると強調する。職場の「不機嫌」を科学し、予防することこそが、健全な組織運営の鍵となる。