元サッカー日本代表の武田修宏さん(59)は、子どもの頃に寝たきりの祖母を介護していた経験がある。複雑な家庭環境の中で、サッカーが唯一の心の支えだったという。現在、家族の世話をする若者たちに向けて、「自分の好きなことを大切にしてほしい」と訴えかけている。
介護と家庭の葛藤
武田さんはトラック運転手の父と看護師の母の次男として生まれ、兄と祖母の5人暮らしだった。父はギャンブル好きで金遣いが荒く、多額の借金を抱え、母に暴力を振るうようになった。借金の取り立てが自宅に来ることもあったという。
小学4、5年生の頃、自宅が差し押さえられ、逃げるように借家に引っ越した。母は生計を支えるため昼夜問わず病院で働き、祖母は足腰が弱ってほぼ寝たきりの状態だった。武田さんは学校から帰るとまず祖母に「ただいま」と声をかけ、体調の変化を確認するのが日課だった。
祖母がお漏らしをしていたら、手を引いて風呂場に連れて行き、湯船のぬるい水やシャワーで体を洗い流した。うんちを漏らしていることもあり、拭き取って掃除もした。「世話ができる人は自分しかいないので、やらざるを得ませんでした」と振り返る。
自炊と孤独な日々
忙しい母からは時々千円札を渡され、そのお金で夕飯のお弁当を買うこともあった。米をといで炊いたり、卵などの材料でお好み焼きを焼いたり、冷蔵庫の中のもので自炊もした。祖母に「おなかがすいた」と言われれば、食べ物を部屋に運んだ。
祖母と2人で過ごす時間が多く、寂しくて泣いた日も少なくなかったという。「祖母から『ありがとう』と言われたことはあったかなあ。よく覚えていませんが、どなられたり無理な要求をされたりはしませんでした」と語る。祖母は武田さんが中学生の時に老衰で亡くなった。
サッカーがくれた解放感
小学1年から始めたサッカーは、複雑な家庭で育った武田さんにとって「何もかも忘れる時間」だった。「小学生の頃は正直、家に帰りたくなかった。父への嫌悪感、身を粉にして働く母への思いなど、言葉にできないモヤモヤが心に渦巻いていた。でも、サッカーをしている間だけは、そうした感情から解放されたんです」
サッカーの仲間やコーチは信頼していたが、祖母の介護や家庭環境については「恥ずかしいし、知られてはいけない」と誰にも話さなかった。毎日、学校やサッカーの準備は自分で整え、忘れ物も寝坊もせず、明るい性格だったため、家の大変さに気づかれることはなかったという。
若いケアラーへのメッセージ
武田さんは現在、自身の経験を踏まえ、ヤングケアラーと呼ばれる家族の世話をする若者たちに向けて「自分の好きなことを大切にしてほしい」とメッセージを送る。「助けて」と声を上げることの難しさを理解した上で、サッカーが自分を救ったように、何か心のよりどころを見つけてほしいと願っている。



