2006年8月25日深夜、福岡市消防局の救助小隊長だった平山博一さん(53)は、海の中道大橋での水難事故の出動指令を受けた。車同士の交通事故で、一方の車が橋から海に転落したという。平山さんは、のちの20年間を含めても「あまりにも特異な事故」と振り返る。
橋の下に浮かぶ人影、両親が叫ぶ「車の中に子どもが」
現場に駆けつけると、ひしゃげたガードレールが目に飛び込んできた。橋の街灯に照らされ、約15メートル下の海面に人影が浮かぶ。夫婦が浮輪にしがみつき、幼児を1人ずつ抱えていた。隊員2人がロープで降下し、4人を支えた。
両親は「車の中に子どもが」と叫んだ。母親は、もう1人の子どもを脱出させようと潜水していた。平山さんも「なんとか助けたい。現場にいた全員が思っていた」と語る。
3児の死亡確認、現場に現れた男が「俺が運転手です」
通りかかった漁船が4人を護岸へ運び、もう1人の子も救出された。だが搬送先の病院で次男(3)、長女(1)、長男(4)の死亡が相次いで確認された。家族5人はカブトムシ捕りから車で帰る途中に、猛スピードで走ってきた車に追突された。
事故直後、福岡県警の交通捜査員・山本紳一警部(59)は路面にはいつくばり、ゴム片にライトを向けた。路面には対向車線側へ延びる細いブレーキ痕が残っていた。「全ての記録を残さなくては」と彼は考えた。事故から30分ほど経ったころ、現場に現れた男が警察官に「俺が運転手です」「飲酒運…」と言った。この記事は有料記事のため、続きは会員登録で読むことができる。



