農作物を食い荒らすシカ科の特定外来生物「キョン」の分布が拡大する恐れが出ている。本土唯一の生息地である千葉県から出て5月末には隣接する茨城県で初めて1頭が捕獲された。同じく隣の埼玉県でも目撃情報が相次ぐ。各県などは、分布拡大を食い止めようと対策を急ぐ。
茨城で初の捕獲
茨城県古河市で農園を経営する鈴木弘晃さん(40)は5月31日昼、自宅のビニールハウスに見慣れない動物がいるのを見つけた。シカのようだが、鋭い牙が見える。大事に育てていたブドウを勢いよく食べていた。
駆けつけた猟友会員に捕獲されたのは、体高40センチ程度のオスのキョン。茨城県によると、県内でキョンが捕獲されたのは初めてだった。
県内では2017年、神栖市で初めてキョンの死体が見つかった。22年に石岡市で生きた個体がセンサーカメラに捉えられて以降、発見が相次ぎ、26年度の目撃情報は今月15日現在で29件に達した。鈴木さんは「農業が盛んな茨城県でキョンが繁殖したら、どれだけの被害が出るかわからない」と険しい表情を浮かべた。
埼玉県でも24年6月、行田市で初めてキョンとみられる動物が目撃され、24年度は16件、25年度は6件の目撃情報が寄せられた。今年度も7月末時点で4件の目撃があった。
川越えて「侵入」か
キョンは1980年代までに千葉県勝浦市の観光施設から逃げた個体が野生化したとされる。
年2回出産することもある旺盛な繁殖力で数を増やし、2006年度に1万3264頭だった推定生息数(中央値)は、25年度には約10万5700頭と約8倍に増加した。25年度時点で県内18市町で定着が確認されており、近年の農業被害額は年間500万~1000万円ほどに上る。
茨城や埼玉への「侵入」は、こうした生息域の拡大が背景にあるとみられる。
千葉と茨城の県境には利根川が、千葉と埼玉の県境には江戸川がそれぞれ流れている。国立研究開発法人「森林総合研究所」(茨城)の亘悠哉・野生動物研究領域チーム長によると、川を泳ぐか橋を渡るかして、越境した可能性が高い。
キョンが捕獲された茨城県古河市は、千葉から離れた栃木県との境でもある。亘さんは「まずいなと思った」と話し、キョンの分布について「東京を含め、どこまで広がってもおかしくない」と懸念する。
早期発見がカギ
千葉県外でこれまでに確認されたのはオスのみで、現時点で繁殖・定着はしていないとみられている。各県や研究者らは、放置すればいずれは定着するとみて対策に乗り出している。
茨城県は侵入個体を早期に把握しようと24年度から、目撃情報に2000円、捕獲した場合は3万円の褒賞金を出す制度を導入。今年5月にはキョン用のワナを10個購入し、市町村に貸し出す態勢を整えた。
埼玉県も昨年1月、特定外来生物を捕獲できる外来生物法の手続きを取り、キョンの捕獲に乗り出した。
森林総合研究所や農業・食品産業技術総合研究機構(茨城)などの研究者らによるプロジェクトチームは昨年度、環境省の研究費を活用し、繁殖につながるメスの早期発見や行動把握に重点を置いた対策の研究を始めた。河川の水や大気を採取してそこに含まれるキョンのDNA情報を調べるなどの手法で、メスの生態を調べ、侵入リスクの高い場所などを明らかにするという。
外来種問題に詳しい岐阜大の浅野玄准教授(野生動物管理学)は「外来種対策では早期の発見・防除が鍵となる。アプリを活用するなどして市民の通報体制を強化したり、流入ルートを特定した上で侵入防止柵やワナを設置したりするなど、押し戻す対策が必要だ」と話した。
◆キョン=主に中国や台湾に生息する草食獣。体長約1メートル、体高約50センチで、シカより一回り小さい。2005年に特定外来生物に指定された。国内では千葉県のほか、東京・伊豆大島でも定着している。トマトなど野菜のほか、果物、花なども食べる。



