「ボスニアの虐殺者」ムラジッチ受刑者が死亡、終身刑確定後
「ボスニアの虐殺者」ムラジッチ受刑者が死亡

1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争におけるジェノサイド(集団殺害)などの罪で終身刑を受けた、セルビア人勢力の元司令官ラトコ・ムラジッチ受刑者が27日死亡した。国連機関が発表した。

終身刑確定までの経緯

旧ユーゴスラビアの戦争犯罪を裁くため国連が設置した旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY、オランダ・ハーグ)が2017年の一審で終身刑を言い渡し、21年の上訴審で判決が確定。8千人超のボシュニャク人が犠牲になったとされ、第2次大戦後の欧州で最悪の虐殺と呼ばれた1995年の「スレブレニツァの虐殺」などへの責任を認めた。

紛争と「民族浄化」

約10万人が死亡したボスニア紛争(1992~95)では、ユーゴからの独立を求めるボシュニャク人とクロアチア人、独立に反対するセルビア人の各勢力が三つどもえで争った。紛争では、支配地域から他民族の市民を暴力で追い出す「民族浄化」が横行。ムラジッチ氏はセルビア人勢力の支配地域「スルプスカ共和国」軍の司令官となり、「ボスニアの虐殺者」と呼ばれた。

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死亡の状況と経歴

ICTYの機能を引き継いだ「国際刑事法廷メカニズム」の発表によると、ムラジッチ氏は収監先のハーグの病院で死亡した。紛争後は逃亡生活を送っていたが、2011年にセルビアで拘束された。国連などはムラジッチ氏を1942年生まれとしてきたが、ロイター通信が家族の話として伝えたところによると、実際には1943年生まれだったという。

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