茨城県日立市のフルート奏者、羽賀紀子さん(60)は、2021年8月にステージ4の舌がんと診断され、舌と喉頭の全摘出手術を受けた。声を失い、長年愛用してきたフルートも吹けなくなったが、医療器具「ボイスプロステーシス」を装着し、再び音を出せるようになった。その回復ぶりは主治医も驚くほどで、現在は患者会や大学などで演奏を披露している。
舌がん診断から手術、そして再起への挑戦
羽賀さんは1988年に上野学園大学音楽学部を卒業後、地元でフルートを教えながら演奏活動をしていた。2021年8月、舌がんが首や下あごのリンパ節に転移し、喉頭にも広がっていると診断された。舌と喉頭を全摘するしかないと告げられ、声を失うだけでなく、フルートも吹けなくなり、食事も楽しめなくなると説明された。
翌9月、茨城県立中央病院で17時間に及ぶ手術を受けた。告知を受けた際は「そんなに大切なものを失ってまで生きていたくない」と思ったが、手術後にICレコーダーで好きな交響曲を聞き、「素直に、生きていてよかったと思いました」と振り返る。退院後も抗がん剤治療や放射線治療が続き、副作用で食事が苦痛になるなど気分が落ち込む時期があった。
「ボイスプロステーシス」で再び音を
2022年初め、副作用が落ち着き始めると、羽賀さんは「ボイスプロステーシス」という医療器具を付けることを考え始めた。これは喉頭を摘出した人が声を出すための器具で、気管と食道の間につなぎ、吐く息を食道経由で口から出せるようにする仕組みだ。舌を失っているため話すことはできないが、「もう一度、フルートの音が出せるかもしれない。ダメかもしれないけれど挑戦したい」と決意した。
6月にボイスプロステーシスを付ける手術を受け、クローゼットの奥にしまっていた楽器を取り出した。「泣きました。楽器に『ごめんね』って」と話す。口から息を吐く練習から始め、日記をつけながら少しずつ音を出せるようになった。6日目に歌口に息を入れたが鳴らず、9日目に短い音が出て、11日目に音を2拍伸ばせた。15日目には「ちょうちょう」が途切れ途切れに吹けるようになり、38日目には2オクターブの音階を吹けるまでになった。
主治医も驚く回復、患者会で希望を発信
9月、診察室で映画音楽「ホールニューワールド」をワンフレーズ吹いたところ、医療スタッフや機器メーカー担当者らが驚いて泣いた。主治医の西村文吾さん(51)は「理論上は吹くことは可能だろうと思いましたが、あんなレベルで吹けるようになるとは思わなかったので、本当にびっくりしました」と話す。その後、羽賀さんは患者会や医療福祉系の大学などで演奏を披露し、これまでの軌跡をまとめた冊子は患者や医療者の間で広がり、「あの冊子がなかったら手術を乗り越えられなかった」という声も届いている。
西村さんは「羽賀さんは、フルートのことも、食べ物のことも、自分の置かれた状況の中で、なんとかしようとしてきた。そういう姿勢を発信することで、いろんな患者さんに希望を与えることができるんじゃないかと思います」と語る。羽賀さんは現在もタブレットを使った筆談で生徒にフルートを教え、患者会での交流を続けている。手術から5年がたとうとする今、「心配しすぎて、今のこの幸せな時間を無駄にしたくない」と話し、フルートを吹き、ビールを飲み、「おいしい」と感じる日常を大切にしている。



