「ちゃんと恋愛してから結婚したい」。それがどうしてこんなにしんどいのだろう?
失恋の苦しみと自己肯定感の喪失
ノースリーブの黒いタートルネックが誰よりも似合っているというのに、その上に乗っかった彼女の顔はめちゃめちゃだ。長いまつげに縁取られた大きな瞳は真っ赤っか。まぶたはブヨブヨに腫れている。肌も唇も荒れ放題だし、髪に艶もない。
ああ、こりゃ明日の朝が大変だ。ただでさえ落ち込んでいるというのに、鏡を見てまた落ち込まなければならないのだから。
なんのために生きているかわからない? そりゃそうだよ。だって、あなたのことをいちばん好きでいてくれた人が、ほかの人のところへ去ってしまったのだから。恋人のために生きてきたわけではないだろうけれど、パートナーの存在が、ここ数年のあなたを「この場所にいてもいいんだよ」と肯定し続けてくれていたことは確かだもの。
“もう28歳”なのに…
振り返れば必ずそこにいた人がいなくなったら、なんのために生きているのかわからなくなって当然。大丈夫、ちっともおかしくなんかない。
このまま一生添い遂げると信じていた相手と別れた彼女は、ついこのあいだ28歳になったばかりだ。なのに、自分では「もう28歳なのに」と思ってる。わかる。私にもそんな時期があったから。
だけど人生は思ったよりずっと長くて、しかも同じことを繰り返す仕組みになってるみたい。私なんか、40歳をとうに過ぎてもまだリハーサル気分だよ。お棺に足を突っ込む瞬間こそが、本番なのかもしれないと思うほどに。
生きる意味を問う壮大な問い
なんのために生きているか?は、あまりにも大きな問いだ。禅問答の域に入るレベルで。まあ、心身ともに健康なときは、そんなこと考えもしないのだけど。
振り返ると、なんのために生きるかなんて大それたことを考えるとき、私はいつも自分の存在意義がわからなくなっていた。周りにそれを証明してくれる人がいなかった。朝が来たら起き、食べて、働いて、排せつして寝ることだけを繰り返す毎日になんか、意味がない。楽しくもないのに、私はなぜそんなことをしているのか、と。
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