現代社会で格差や貧困が拡大する中、本来それに対抗すべき左派がなぜ力を失ったのか。映画監督ケン・ローチ氏や経済思想家の斎藤幸平氏も絶賛するイギリス人ジャーナリスト、アッシュ・サルカール氏の新著『「マイノリティ支配」の正体:分断される社会と文化戦争の罠』から、その原因を探る。
環境活動家への反発から見えた「左派の病理」
ある日、気候活動家ロジャー・ハラムが、社会変革の戦略を討議するために集まった左派活動家たちに向かって「この場にいる全員がろくでなしだ」と言い放った。サルカール氏は、この下品な言葉遣いをめぐる騒動が沈静化し、本来の議論に戻ることを願ったが、討議は完全に脱線。参加者は自分がどれほど動揺したかを話すのをやめず、ハラムが「暴力を持ち込んだ」と主張し続けたという。
「妥協を許さぬ環境活動家から『ろくでなし』と呼ばれた程度のことに耐えられなくて、どうして国家に対抗できるのか」とサルカール氏は疑問を呈する。左派にはアイデンティティの問題で身動きが取れなくなる悪習があり、人種や性別、性的指向、障害、性自認などの不公正を団結の触媒とせず、むしろ協力しない理由として頻繁に持ち出すと指摘する。
CIAや巨大企業に都合よく消費される「多様性」
サルカール氏によれば、左派のアイデンティティ政治は、CIAや大企業に巧妙に利用されている。例えば、多様性を掲げる企業は、実際の構造的不平等には目を向けず、表面的な「多様性」を売り物にする。これにより、真の社会変革のエネルギーが拡散され、左派の連帯が損なわれているという。
「多様性」という言葉自体が、しばしば権力構造を批判する代わりに、個人のアイデンティティを強調するために使われる。その結果、被害者ポジションの争奪戦が生まれ、左派内部で分断が深まっているとサルカール氏は警告する。
滑稽なほど低い「有害」のハードル
サルカール氏は、左派の間で「有害」とみなされる基準が極端に低くなっていると指摘。例えば、上記のハラムの発言のように、軽微な言葉の暴力が「トラウマ」として扱われ、議論が停止してしまう。これにより、真に重要な社会問題への取り組みが後回しにされている。
「個人の傷つきが最優先され、客観的な真実よりも『私の真実』が尊重される風潮が左派を弱体化させている」とサルカール氏は述べる。このような状況が、左派の政治的な影響力を低下させ、結果的に格差や気候変動などの課題に対処する力を奪っている。
孤立を超えて「連帯」を取り戻すために
サルカール氏は、左派が再び力を取り戻すためには、アイデンティティ政治の罠から脱却し、共通の目標に向かって連帯する必要があると主張する。具体的には、経済的不平等や気候危機といった、アイデンティティを超えた課題に焦点を当てることが重要だ。
「左派は、被害者競争ではなく、構造的不公正に対抗するための連帯を築くべきだ」とサルカール氏は強調する。そのためには、個人のアイデンティティに固執するのではなく、共通の敵である権力構造を批判する視点が必要だと結論づけている。



