2025年9月7日午後6時、石破茂首相は緊急記者会見を開き、退陣を表明した。自民党総裁選前倒しの意思確認をする署名提出の期限を翌日に控えていた。
「党内に決定的な分断を生みかねない。それは決して私の本意ではない」
首相が解散に傾いているとの情報が伝わり、極度の緊張が覆っていた永田町は、一気に安堵のムードへと変わった。
林芳正氏が聞いていた石破氏の本心
石破氏の意向をかなり前の段階から聞いていたのは、官房長官だった林芳正氏だ。7月20日の参院選投開票が終わった直後、石破氏と2人だけで会った。石破氏は、「どこかでちゃんと責任を取らなきゃいけない」と述べたという。林氏は、日米関税交渉が続いていたこともあり、「途中でさよならというわけにはいかない」という意味だと受け止めた。
その後、石破おろしで党内対立が激化した。「言葉尻を捉えられて、ずっとやるのかみたいに言われて、ご本心とは少し違うところがあったかもしれない。でも、結果的には最後のご決断は(当初の言葉と)一致していた」と話す。
村上誠一郎氏が振り返る石破政権の役割
総務相だった村上誠一郎氏は、衆院解散を含めて「総理の判断には従う」と言い続けてきた。最終局面で石破氏が「天皇陛下に迷惑をかけてはいけない」と言ったのを覚えている。解散に反対した閣僚を罷免し、「自分が代わりに陛下のところに(認証のための文書を)持って行くのは忍びがたいということだったと思う」。
村上氏はいま、石破政権の役割は「脱安倍政治だった」と振り返る。ただ、「裏金問題で公認を外され、重複立候補を認められなかった人は鬱積していた。こっちも努力したが、多勢に無勢だった」と話す。
最後まで石破氏に粘るよう進…



