福岡県議会の「ドン」と呼ばれる蔵内勇夫議長が議員を辞職した。関係者には19日に辞職願が託されていたが、封筒が開封されたのは25日になってからだった。蔵内氏が「最後」に選んだ日である。なぜ、この日だったのか。
辞職願が託された経緯
19日夕方、議会事務局長は蔵内氏から「まっさらな」封筒を手渡された。その際、「辞職願」とだけ言われたため、局長は「議長職のことだと思った」という。
蔵内氏から電話連絡を受けた局長は、24日になって封筒を板橋聡副議長(自民党)に渡した。
開封の決め手となった電話
板橋氏は25日に蔵内氏へ電話し、「開封していいか」と尋ねると、「よろしく頼む」と返ってきた。板橋氏は「(蔵内氏は)いつもの穏やかな声色だった」と振り返る。
封筒に入っていた辞職願には「25日付」と記載されていた。つまり、19日の時点で25日の辞職を決めていたことになる。蔵内氏はこれまで議員辞職を否定していたが、側近は決断の裏側を語っている。辞職願には「一身上の都合」とだけ書かれている。



