スマホ決済から難民支援まで、イスラム教の富の再分配「ザカート」の最前線
スマホ決済から難民支援まで イスラム教「ザカート」最前線

イスラム教の義務の一つ「ザカート(喜捨)」は、富の再分配の役割を果たしている。マレーシアではスマホ決済や暗号資産にも対応し、近代税制とも共存。一方、英ロンドンでは国境を越えた難民支援や紛争地への支援資金となり人々の命をつないでいる。デジタル時代の国内再分配からグローバルな人道支援まで、格差社会の課題解決に向けたザカートの最前線を追った。

マレーシアでのザカート:スマホ決済で手軽に

ザカート(喜捨)は、富の一部を困窮者らのために寄付する行為で、礼拝や断食、巡礼などと並ぶムスリムの重要な義務の一つだ。長い歴史を持つが、マレーシアでは現代社会に合わせてアップデートを遂げている。

「自分の収入が『クリーン』になるんです」。マレーシア最大の経済規模を誇るセランゴール州。モスクに連れて行ってくれたタクシー運転手のシャハルさん(55)は、ハンドルを握りながらザカートの意義をそう語った。ザカートを払うことで手元に残る収入が浄化されるという。モスクで出会った元ビジネスマンのハルンさん(73)は「知識やお金を他者と分かち合うことは美しい行為です」と話した。

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モスク訪問後に入った食堂で、7年ほど前から電子決済でザカートを払っているという調理師エミさん(36)が、スマホのアプリでどう払っているのかを見せてくれた。アプリで収入額や貯金などを入力し、支払先を選んでボタンを押すだけという。古くからの宗教的義務の手続きが最新技術で手軽になり、信仰の実践が現代のライフスタイルに溶け込んでいる様子がうかがえる。

州ごとに機能する巨大な再分配システム

これらのザカートは州ごとに集められる。セランゴール州イスラム宗教評議会(MAIS)の幹部インデラ・シャハリルさん(47)は、ザカートの役割を「富の再分配を通じて社会正義と経済成長のバランスを生み出すこと」と強調し、仕組みを説明した。

マレーシアでのザカートは、各州のイスラム宗教評議会が管理・分配を行っており、州ごとに独自のシステムを運用している。セランゴール州では、スマホアプリによる支払いのほか、銀行振込やクレジットカード、さらには暗号資産(仮想通貨)での支払いも可能となっている。これにより、若い世代やテクノロジーに精通した層の参加が促進されている。

ザカートの対象となる資産は、現金や預金、株式、投資信託、金や銀などの貴金属、そして事業資産など多岐にわたる。通常、年間の純資産の2.5%がザカートとして拠出される。集められた資金は、貧困層や困窮者、債務者、旅人、ザカートの管理者など、コーランで定められた8つのカテゴリーの受益者に分配される。

英国ロンドン:国境を越えた難民支援

一方、英国ロンドンでは、ザカートが国境を越えた難民支援や紛争地への支援資金として活用されている。イスラム教徒の多い地域では、モスクや慈善団体がザカートを募り、シリアやイエメンなどの紛争地域や、アフリカの飢餓地域への支援に充てている。

ロンドンに拠点を置く国際イスラム慈善団体の関係者は、「ザカートは単なる慈善ではなく、イスラム教徒の義務であり、富の循環を促すシステムです。紛争や災害で苦しむ人々への支援は、ザカートの重要な使途の一つです」と述べている。同団体は、ザカート資金を活用して難民キャンプでの食料配給や医療支援、教育プログラムなどを実施している。

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ザカートのグローバルな活用は、イスラム教徒が居住する国々の間での国際的な連帯を強める効果もある。特に、中東やアフリカの紛争地域では、ザカートが主要な人道支援資金源の一つとなっており、国連機関や国際NGOとも連携した活動が行われている。

近代税制との共存と課題

マレーシアでは、ザカートは所得税控除の対象となっており、近代税制と共存している。ザカートを支払った額は、所得税の課税所得から控除される。これにより、ムスリムは宗教的義務を果たしつつ、税負担も軽減できる仕組みだ。

しかし、ザカートと税制の関係には課題もある。非ムスリムはザカートの対象外であるため、税制上の公平性が問われることがある。また、ザカートの支払いが任意であるのに対し、所得税は強制徴収であるため、両者のバランスをどう取るかが議論の的となっている。

セランゴール州イスラム宗教評議会のインデラ・シャハリル氏は、「ザカートは政府の税制とは別の、宗教に基づいた独自の再分配システムです。私たちは、ザカートが社会のセーフティネットとして機能し、経済格差の是正に貢献することを目指しています」と語る。

デジタル時代のザカート:暗号資産とフィンテック

マレーシアでは、暗号資産(仮想通貨)でのザカート支払いも認められている。セランゴール州では2024年から、ビットコインやイーサリアムなどの主要な暗号資産でのザカート納付が可能となった。これにより、デジタル資産を保有するムスリムも、容易にザカートの義務を果たせるようになった。

また、フィンテック企業もザカートのデジタル化に貢献している。スマホ決済アプリやオンラインプラットフォームを通じて、ザカートの計算や支払い、さらには分配先の選択までが簡単に行えるようになった。これにより、ザカートの透明性や効率性が向上し、より多くの人々が参加しやすくなっている。

一方で、デジタル化に伴うプライバシーやセキュリティの問題も指摘されている。個人の資産情報や寄付履歴がデジタルデータとして保存されることに対する懸念や、サイバー攻撃のリスクなどが課題として挙げられる。

格差社会の課題解決に向けて

ザカートは、富の再分配を通じて社会正義を実現するイスラム教の仕組みとして、現代の格差社会においても重要な役割を果たしている。マレーシアのような先進的な取り組みから、難民支援のようなグローバルな人道支援まで、ザカートは多様な形で実践されている。

しかし、ザカートの効果を最大化するためには、適切な管理と分配の仕組みが不可欠だ。また、非ムスリムを含む社会全体の理解と協力も重要である。ザカートが持つ可能性を最大限に引き出すためには、宗教的枠組みを超えた社会システムとしての再定義が必要かもしれない。

マレーシアのタクシー運転手シャハルさんは、「ザカートは私たちの生活の一部です。お金を清め、社会を支える。それがイスラム教徒の生き方です」と語った。デジタル時代を迎え、ザカートはさらなる進化を遂げようとしている。