1966年(昭和41年)の発売から今年で60周年。半世紀以上にわたり、なぜ亀田製菓の「柿の種」が選ばれ続けているのだろうか。
創業者の妻がひらめいたピーナッツとのコラボレーション
そもそも「柿の種」というお菓子は、1924年(大正13年)に新潟県中越地方で誕生した。ある米菓メーカーで、創業者の妻が誤って金型を踏んでしまい、その歪んだ金型で作った製品を「柿の種」と命名。のちに製法を開示したことで、多くの企業が製造するようになった。その結果、現在も複数のメーカーから同じ名前の商品が発売されている。
当時は「柿の種」のみで販売されることが多かったが、そのうちピーナッツ入りの商品を製造するメーカーが出てきた。その先駆けが亀田製菓だった。亀田製菓株式会社マーケティング戦略部の児浦隼人さんは、「創業者の妻が、たまたま手元にあった瓶詰めのピーナッツと一緒に食べてみたところ、美味しかったそうなんです。そこから商品化に至ったと聞いています」と語る。
配合比率は7:3から変遷
商品開発の際には、担当者の直感で「柿の種」が7割に対し、ピーナッツが3割という比率で袋詰めされた。もっとも、配合比率はその後何度か調整されており、5対5、6対4と変遷を遂げている。児浦さんは、「『柿の種』のクセになるピリ辛醤油味と、ピーナッツのまろやかさが織りなす絶妙なバランス。この味わいが、飽きずに食べ続けられるポイントになっているのだと思います。当時の開発陣は、幅広いお客様に支持されるバランスの最適解を、試行錯誤していたんでしょうね」と述べる。
残念ながら、当時の資料が残っていないため詳細は不明だが、現場の感覚を頼りに製造されていたようだ。
個包装で品質維持
1977年(昭和52年)に「ピーナッツ入り柿の種 フレッシュパック」という個包装タイプを発売すると食シーンが広がり、販売数が伸びた。この商品はそれまで大袋で販売していた「柿の種」を6袋に小分けしたもので、個包装にしたのは品質低下を防ぎ、最後まで美味しく食べてもらうためだった。フレッシュパックにすることで、「柿の種」がしけるのも防いだ。



