福井県坂井市丸岡町地区は、洋服の首もとなどに付くネームタグ「織ネーム」の産地として知られる。8月末の大雨で、地区では広域の冠水や建物への浸水が生じ、織機や製品、原材料など織物関連の被害額は9社合計で約1億円に上った。大雨の爪痕が今も残る中、大正時代からの伝統産業を守ろうと、織物業界関係者の奮闘が続く。
大正時代に始まる織ネームの歴史
越前織協同組合によると、丸岡町地区では大正時代に織ネームの製造が始まったとされる。昭和に入ると洋装が広まり、織ネームの需要が高まった。戦後は米国からの注文が相次ぎ、1960年頃には地区や周辺に1000近くの工場があった。
近年は織ネームの技術を生かし、神社のお守り袋、社員証を下げるストラップなど派生商品も展開している。
完全復旧はまだ見通せず
同組合には丸岡町地区を中心に30社が加盟している。8月末の大雨では丸岡城周辺の工場などで浸水被害に遭った。
「高岡細巾織物」の工場は床上20センチまで浸水し、麻やシルクを扱う織機約60台が水につかった。約1週間後に操業を再開したが、今後も織機のモーターの一部を交換したり、工場の床を張り替えたりする必要があるという。完全復旧はまだ見通せない状況だ。
同社の高岡周平取締役(40)は「一時は織機がすべてダメになると思ったが、それは免れた」と振り返る。今後も水害が起きることを見越し、「電気配線の場所を変えることも検討しないといけない」と話す。被害額や対策費を合わせると、5000万円ほどになる可能性があるという。
逆境を逆手に
「ブランチュール」は工場が最大約10センチの床上浸水に遭った。同社の福田勝一社長(64)は「工場が完全に元に戻るまで2週間近くかかった」とし、「水が付いた織機もあり、電気系統の不備で急に動かなくならないか不安もある」と心情を吐露。被災直後の9月4日には視察に訪れた石田知事に窮状と支援を訴えた。
「松川レピヤン」は、工場の一部を止水板で囲っていたものの、地下の配管を通じて工場内に水が入り込み、原材料が被害を受けた。松川晃久社長(43)は「大雨の浸水状況を確認できたので、これを機に止水板を増やすなど対策を強化したい」と、被災を今後の糧として前向きに捉えている。
丸岡町地区で製造される織ネームは、国内生産の衣料品に使われている。一方、衣料品は人件費が安い海外での大量生産が拡大しているため、需要は減少傾向にある。
逆風が続く中、松川レピヤンは自社ブランドを展開するなど織ネームの地位向上を図っている。松川社長は「今回の大雨で織ネームの産地が大きな被害を受け、ある意味、注目も集めた。これを機に、産地の盛り上げにつなげたい」と話している。