内田有紀と寺西拓人がW主演を務めるフジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~、FOD・TVerで見逃し配信)の第2話が16日に放送された。本作は、20歳差の年齢差に加え、育った環境や経験にも大きな隔たりがある“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリーである。
テレビドラマの鑑賞は、映画とは大きく異なる。映画館という閉ざされた空間ではなく、日常生活の延長線上で作品と向き合うため、感情は良くも悪くも無防備になってしまう。その無防備さゆえ、自らの琴線にほんの少し触れられただけで、思いもよらない反応がこぼれ落ちることがある。今作においてそれは“笑い”だった。
照れ、驚き、ツッコミ、見てはいけないもの
その“笑い”とは、面白おかしくて笑う“笑い”ではない。恥ずかしさのあまり照れてしまった“笑い”。そんなことある?という驚きの“笑い”。どうしてそうなるんだ!というツッコミ混じりの“笑い”。そして、見てはいけないものを目撃してしまった気まずさからの“笑い”だったのである。
第2話において、筆者は4度、その“笑い”に襲われた。
1度目:水がきらめく“ベタ”な演出
1度目は、葵(内田)と澄晴(寺西)が互いに企みを抱えながらデートをするシーン。葵が花の香りに夢中になっている最中、店員が気付かず澄晴へ水をぶちまけてしまう場面だ。普通なら、あんなことは起こらない。けれど、2人の距離をさらに縮める“ときめき”を演出するには、あれ以上ない展開でもある。言ってしまえば“ベタ”だ。けれど、美しいものにきらめく水が降りかかれば、それだけでドラマになる。しかし、筆者は43歳のおじさんである。それを素直に“ときめき”へと変換することができなかった。だから照れ隠しのように、笑ってしまったのである。
2度目:出来すぎた即興スケッチ
2度目は、その直後。お互いの名前をメモ帳に書き、その名前の由来から相手の本質を探り合う場面だ。その流れで、澄晴が“葵の花”をボールペンで描き始め、見事なスケッチを完成させた。事前に彼が絵を学んでいた描写があったとはいえ、その場でさらりと描き上げてしまう姿は、あまりにも出来すぎている。驚きと同時に、ときめいてしまう自分がいて、また笑ってしまったのだった。
3度目:ボイスレコーダーという“待ってました”の展開
3度目は、第2話のハイライトとも言える“ボイスレコーダー”のシーンだ。双方の企みが暴かれる重要な場面で、なぜそのタイミングでボイスレコーダーを確認するのか。しかも、わざわざそれをバッグから取り出し、落としてしまい、そこからすべてが露見してしまう…。冷静に考えれば、あまりにも都合が良すぎる展開だ。だが、あれはだからこそ面白い。ありえない!とは思いつつも、待ってましたの展開に思わず笑ってしまったのだった。
4度目:フリフリの優子という衝撃
そして4度目。これは、おそらく多くの視聴者も同じだったのではないだろうか。大ラス、吹っ切れたと思われた優子(坂井真紀)が、再び澄晴の前に姿を現す。それまで生活感のあるラフな服装の優子が、突如フリフリのワンピースで現れた、あの衝撃だ。あまりにも痛々しく、見てはいけないものを見てしまった…。そんな気まずさから、また笑ってしまったのである。
没入感ゆえの照れ隠し
筆者はこれまで、ギャグシーンではないドラマで起こる“笑い”とは、作品を“ネタドラマ”として消費する、どこか冷めた笑いなのだと思っていた。しかし、この第2話を振り返って気が付いた。今作で笑ってしまうのは、作品を嘲笑しているからではない。むしろ逆。――こんなドラマにハマってどうするんだ! そう思いながらも、気付けばどっぷり没入してしまっている。そんな自分を守ろうとする照れ隠しの“笑い”だったのである。
水が滴るシーンも、即興のデッサンも、“ボイスレコーダー”も、フリフリの優子も、本当はすべて、物語に夢中になっているからこそ笑ってしまったのだ。そして、ボイスレコーダーを落とすという、ある意味かなり強引な展開があったため、一時は、葵が再び澄晴に会う理由が“香りを取り戻す”だけなのではないか、それでは動機として少し弱く、そこも強引に突破してしまうのではないか?そんな不安が頭をよぎった。しかし次の瞬間、葵は澄晴の連絡先を消し、その直後に“あの優子”が現れたのだった。
このドラマは、ベタや強引さだけで物語を押し切ろうとはしない。その先に、もう一つ仕掛けを用意している。だからこそ、筆者の“笑い”は、もはや作品への降参、だったのかもしれない。
(テレビ視聴しつ室長・大石庸平)



