「今日の夜食は豪華だぞ」と料理長はフォークを手渡した。煙は並んだデザートの皿を眺めて、ほうっと息を吐いた。「僕だけではもったいないね」
「率直な意見が欲しい」と料理長は言った。手は落ち着かなく動き、煎りたての榛の実の殻をひっきりなしに割っている。殻が割れる軽快な音が静かな厨房に響くたび、料理長の顎に力がこもり、こめかみが痙攣した。
料理長の告白
「厨房のもんは俺に本当のことを言わないし、総支配人は率直すぎるしな。お前は子供だから菓子のことだったら正直に顔にでるだろう」と料理長は言う。煙はじっと料理長を見つめた。料理長は思わず目を逸らし、違うな、と思った。俺はここの従業員にがっかりされるのが怖いんだ。
「煙」と料理長は言った。「煙は海を見たことがあるか」煙が首を横に振る。知っている。この子供は海どころかホテルを囲む森から出たこともない。
伝説の真相
「海は陸よりずっとずっと広いんだ。そして、深い。この国で一番高い山脈をすっぽり吞み込めるほど深い場所がたくさんある。船に乗るとな、何日も何日も陸が見えないことはざらだ。夜も、昼も、水平線だ。ぞっとする。俺は泳げないんだ」と料理長は苦笑した。
「ここの奴らが言っている世界最大の豪華客船の生き残りっていうのは、半分真実で半分嘘だ。確かに俺は生き残ったが、乗客の救助もしていなけりゃ、流氷の浮く海で朝まで泳ぎ続けてもいない。金槌の俺にはどだい不可能な話だ。あれは俺の同僚のことなんだ」
寸胴鍋から小さな泡がはじけるような音がしていた。料理長は火を止めると、蓋をした。
同僚の勇気と自身の弱さ
「あいつはすごい奴だった。度胸があって、底なしに明るくてさ。救命ボートがなくなったのを見ると、倉庫のウイスキーを飲めるだけ飲んで、沈んでいく船から海に身を投げたらしい。そして、凍死者が浮かぶ夜の海で救助がくるまで泳ぎ続けた。戦争が始まったら軍の船に乗って、そこでも生き延びた。俺は単に腹を壊して出港に間に合わなかっただけだ。それでも、名簿には載っていたから生き残りってことになっちまった。最初は否定していたさ。けど、船に乗ろうとすると足が震えて、吐き気がしてくるんだ。だって、本当に馬鹿でかい船だったんだ。宮殿みたいに豪華で。あんな船が沈むんだぞ。もうどんな船にも乗れなくなっちまってな。あの大事故の影響ってことにしたんだ。怖くて戦争にも行けなかった。なにが不沈の料理人だ。俺はただの腰抜けだ」



