暴力を振るわれた記憶ばかりが残る父の死を聞いたとき「やった」と喜んだ-。関西テレビの竹下洋平ディレクター(32)が出会ったのは、そう語る女性だった。女性は今、そんな父を「理解したい」とも話す。暴力の背景には、先の大戦に従軍したことによる「戦争トラウマ」があったと考えるからだ。戦争は日本兵とその家族に何をもたらしたのか。竹下さんが実相を描いた「ザ・ドキュメント 父は戦争を連れて帰った」が、29日未明に関西テレビで放送される。
トラウマの連鎖に気づいたきっかけ
従軍兵士が復員後、戦場でのトラウマ(心の傷)によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースがあることは、米兵への調査などで知られていた。しかし、竹下さんが日本兵についての同様の問題に目を留めたのは、現場記者だった2年ほど前、偶然目にしたチラシがきっかけだったという。
PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会。その関西での集まりを取材する中で、日本兵が復員後もトラウマに苦しみ、さらにそれを受け止める家族も苦悩する「トラウマの連鎖」が起きている実態を知った。
「国になかったことにされた」心の傷
戦前には「日本兵は心を病まない」といわれ、戦後は戦争トラウマに関することがタブーとなった。「心の傷の問題は国になかったことにされ、家族の問題だとして顧みられなかった」(竹下さん)。そして、当事者は「恥」として口をつぐんだ。
取材交渉が難航する中、「覚悟」を胸に経験を明かしてくれたのが大阪市の藤岡美千代さん(67)。番組は藤岡さんの語りを中心に進む。藤岡さんの父は元海軍兵で、終戦後3年間のシベリア抑留を経て、昭和23年8月に帰国。34年に生まれた藤岡さんが物心つく頃には酒浸りで、藤岡さんらきょうだいは虐待を受けて育った。小学生のときに両親は離婚し、しばらくして父は自殺したが、今でも父が怖く、直視しないよう、自宅に飾る父の写真立ては常にハンカチで覆っている。
2年間の取材と「国に認められ始めた」変化
藤岡さんへの取材は約2年間にわたり、父がシベリアから船でたどり着いた京都府舞鶴市や鳥取市の父の実家を訪れる様子などをカメラに収めた。父の人生の一端に触れ、揺さぶられる心。父に抱く複雑な思い。番組では当事者のありのままの姿が浮かび上がる。
今年2月には、厚生労働省が運営する東京都千代田区の戦傷病者史料館「しょうけい館」の常設展示に、日本兵の心の傷や家族の労苦を伝えるコーナーが加えられた。竹下さんは「国にようやく認められ始めた。戦後81年の今だからこそ語れる、当事者の声を届けたい」と話す。
放送は29日午前1時15分(番組表では28日深夜1時15分)から。放送後は配信サービス「TVer(ティーバー)」で配信予定。



