千原ジュニア、若手時代の苦境と弁当の値段で振り返る出世物語
千原ジュニア、若手時代の苦境と弁当で振り返る出世

お笑い芸人の千原ジュニアが、自身のYouTubeチャンネル『千原ジュニアYouTube』で、若手時代を過ごした大阪・難波を巡りながら、なかなか劇場に出演できなかった時期や、売れるにつれて変化していった“昼食事情”を振り返った。

「一切出番なかった」劇場に立てなかった若手時代

14日に更新された動画では、ジュニアはチャンス大城とともに、約37年前に過ごしていた難波の街を散策。15歳当時にアルバイトしていた回転寿司店などを訪れ、芸人を始めたばかりのころの思い出を次々と明かした。社会に出て最初のアルバイトだったという寿司店では、皿洗いなどをしながら約3カ月働いていたという。

弁当の値段で振り返る出世の過程

さらに、当時よく出前を取っていた洋食店を訪れると、芸人として売れていく過程を“弁当の値段”で振り返った。ジュニアによると、当時はある程度劇場で名前が知られるようにならなければ出前を頼めず、ようやく注文できるようになった際には、「めっちゃうれしくて」と回顧。最初は650円の弁当だったが、その後1,000円のものを頼めるようになり、最終的には「1,000円弁当に野菜スープ」とグレードアップし、1,250円のランチを注文できるようになったという。さらに「おい、誰かいるか~? と、後輩の分も頼めるようになった」と振り返り、弁当のランクが上がるたびに出世の喜びを感じていたという。

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苦境の中で自らライブを開催

しかし、決して順風満帆な若手時代だったわけではないというジュニア。劇場の支配人が変わった時期には、自分たちの芸風が受け入れられず、「俺ら、もうむちゃくちゃ嫌われて。一切出番なかった」と告白した。作家から「腰のチェーンを外せ」と服装について指摘されても反発していたそうで、「今やったらすぐ外すけど」と苦笑いしていた。出番をもらえないなか、ジュニアらは自分たちでライブを開催。「誰やねん」と題した企画では、自らビラを配っていたことも明かされた。

若手時代の苦境から、少しずつ仕事を増やし、後輩の食事まで頼めるようになったジュニア。思い出の街を歩きながら、芸人として駆け上がっていった当時の日々を懐かしそうに振り返っていた。

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