「今日が一番のライブ。この場所は僕たちをここまで育ててくれた。今までありがとう」――。25日夜、宇都宮市本丸町のライブハウス「ビッグアップル」で、ビートルズのコピーバンド「グラスオニオン」のリーダー立谷恭一さんがそう呼びかけ、数々の名曲が演奏された。カウンター席では、店主の小野満さん(71)が目を潤ませながらライブを見守っていた。
宇都宮市出身の小野さんは、中学生の頃に父・勝治さん(故人)に連れていかれた東京の音楽フェスティバル「日劇ウエスタン・カーニバル」の記憶が鮮明に残っている。リズミカルな演奏と楽しそうな客の姿に魅了され、気づけば音楽にのめり込んでいた。父の「好きなことをやれ」という背中押しを受け、お小遣いの2万円を握りしめて中古のギターを買った。
エレキギター禁止令の時代
1965年、足利市教育委員会が「エレキギター禁止令」を出し、生徒のエレキギター購入などを禁じると、同様の動きが各地に広がった。小野さんは「当時はエレキを持っていれば停学、弾いたら退学なんて言われててね。今じゃ考えられないでしょ」と振り返る。それでも教本を片手に独学でギターを弾き、ドラムをたたき続けた。
大学進学で栃木県外へ出た小野さんは、学生時代にバンドを組み、コンテストにも出場。卒業後に県内へ戻ると、アーティストが人前で演奏できる場がほとんどないことに気がついた。「アーティストにとってステージは音と言葉で勝負する『土俵』なんだ。それがなくてどうする」と思い立ち、物件を借りて防音対策を施し、米JBL社のスピーカーやきらびやかなライトを設置した。費用は数百万円に上り、自ら借金を背負って調達した。
1988年オープン、信条は「ジャンルを問わない」
1988年にビッグアップルがオープン。当初はなかなか客が集まらず、利益も上がらなかったが、次第に若手ミュージシャンたちがライブの運営方法などを学びに小野さんを頼って演奏に訪れるようになり、客足も増えていった。小野さんの信条は「ジャンルを問わない」こと。年代も性別も関係なく、これまで女性5人組バンド「SHOW-YA」やものまねタレントのコロッケさん、壬生町出身のシンガー・ソングライターの斉藤和義さんらもステージに立ったという。
老朽化で閉店、最後のステージに約50人
経営は苦難の連続だったが、店をたたむことは考えたことがなかった。しかし、3年ほど前、老朽化で建物の取り壊しが決定。移転も検討したが、条件に合う物件は見つからず、今年5月に7月末での閉店をSNSで発信した。長年の常連客や腕を磨いたアーティストたちが別れを告げに足を運んだ。
25日夜の公演には約50人が集まり、熱狂した。立谷さんは「お客さんとの距離が近くて一体感がある。閉店はやっぱり寂しい」と話した。グラスオニオンを追いかけてきた宇都宮市駒生の男性(59)は「会社帰りに寄ってライブに参加したなじみ深い場所」と語った。
ビッグアップルは7月31日に閉店したが、小野さんの音楽人生は続く。「バンドや音楽は時代によって変わるけど、築き上げた音楽文化は決してなくならない。この場所は私の『人生』そのものです」。小野さんはそう力を込めた。



