「平凡」を描くラッパーIKE、光が丘団地への愛着と独自の視点
「平凡」を描くラッパーIKE、光が丘団地への愛着と独自の視点

ラッパー、トラックメイカー、レーベル『Doggy G Central』主宰者として活動するIKE。Travis JapanやTHE JET BOY BANGERZなどの男性ボーカルグループへの歌詞提供も手がける彼は、これまでに4枚のソロアルバムやユニット「IKE & rice water Groove」でのリリース、多くの楽曲への客演などを通じ、シーン屈指のラップ巧者として知られている。

IKEのリリックには、彼が生まれ育った練馬区の巨大団地群「光が丘団地」がモチーフとして随所に登場する。光が丘は戦中に成増飛行場として使用され、戦後は米軍の家族住宅「グラントハイツ」として開発。返還後に大規模団地と光が丘公園が造成され、現在の街が形成された。

「ガラパゴスのような街」光が丘

大江戸線の光が丘駅を降りると、駅から延びるプロムナード沿いには区の施設や病院、ファミレス、ショッピングモールがあり、公園に繋がっていく。それを取り囲むように巨大な団地群が形成されるという街の構造は非常に印象的だ。その光景は、1stアルバム『FLIP』のジャケットや、団地を背景にしたアーティスト写真にも風景として織り込まれている。

IKEは光が丘について「ある種のガラパゴスのような街」と語る。「保育園、小学校、中学校があって、スーパーも病院もショッピングモールもある。友達もみんな団地出身だし、本当にここですべてが完結する」という。

光が丘団地は、ラッパーのちゃんみなが出身であることをさまざまなメディアで話している。IKEは「年齢も違うんで面識はない」としつつ、光が丘ゆかりのラッパーとしてLIGHTHILLやBAOBAB MCとの交流を明かす。LIGHTHILLとは18歳頃に知り合い、「レコーディング環境がないなら、うちのスタジオで録らせてやるよ」と声をかけられたという。BAOBAB MCとは光が丘を歩いていて遭遇し、一方的に声をかけたのがきっかけで、ジョイントEPの制作や閉園前の『としまえん』でのMV撮影などを共にしてきた。

「平凡な人生」を歌う意味

ヒップホップがライフミュージックである限り、ラッパー自身を取り巻く環境やフッドをリリックに描くのは当然の構造だ。しかしIKEのリリックの興味深い点は、その街との距離感の取り方にある。彼は『CITY』の中で「俺は平凡な人生だ真面目でも悪くもない」と歌う。

外部の視線が求めがちな「団地ラップ」という乱暴なカテゴライズに対して、IKEは自分の地元・光が丘を物語性に寄せることも、差別化を図ることもなく、非常にフラットな視点で描く。「自分の周りにも非行に走るやつとか、不良の方向に進む人間も少なくなかったけど、みんながそういうわけでもなかった」と振り返り、「いまも光が丘のごく近くに住んでいるし、この街から抜け出したいとは全然思わない。自分の愛すべき街は、そういう『平凡な』場所なのかなって」と語る。

同時に、強烈なキャラクター性が求められるラッパーという存在に対しても、IKEは自分を「平凡」と表現し、オーディナリー・ピープルとしての視点からリリックを描く。「自分のリリックのアイデンティティーは、『真面目でも不良でもない』ということが、一つの大きな要素」だと話す。

「特別ではない」からこそ目指すもの

では、その「特別ではない」IKEをIKEたらしめているものは何か。トラックメイクからプロデュース、ライブやレーベル運営までをDIYで取り仕切る「IKEそのもの」という部分も大きいが、とりわけ高度なラップスキルによる部分が大きい。小気味よいファストなラップからメロディアスなフロウ、メロディーを生かしたボーカルワークまで、そのアプローチは幅広く、どれもクオリティーが高い。それらのスキルは天性の部分もあるが、これまでの作品を振り返ると、研究と努力によって獲得されてきたものだということが分かる。

一方で、強烈なキャラクター性や明確なパンチ力が求められ、それがバズにつながる現在の状況においては、やや埋没しがちであることは否めない。IKE自身も自覚的で、「一番うれしいのは、自分がこだわった作品を、仲間が『かっこいい』と言ってくれること」としつつ、「今年初めに出した4枚目のアルバム『Amygdala』では、自分のこだわりを持ちつつも、もっと広い層に受け入れてもらうことも視野に入れて曲を作らないといけない」と語る。「サブスクのプレイリストという椅子取りゲームにどう食い込むかとか、スマホで毎日音楽を聴いてる層や、新譜を探る層にどうコミットさせるか……かっこいい曲を作るというのは大前提として、それをどう広げていくか、クリアしないといけないことが多すぎますね」と現状を見つめる。

「世間的なバズ」との食い合わせの悪さは、現在だけではなく、何十年にもわたって「普通のラッパー」が抱えてきた問題でもある。しかしIKEは「自分の周りで言えば『TOKYO ZOO』を一緒に作ったSKRYUやテークエム、テークの所属する梅田サイファー、chelmicoの鈴木真海子のように、『普通』だけど自分の芯をぶらさないでフィールドを広げて、それをポップスとしてもヒップホップとしても認知させている存在がたくさんいる」と語る。「その状況で『なんで聴かれないんだろう』って卑屈になったら終わりだし、少なくともいま自分の音楽を聴いてくれるリスナーにも失礼じゃないですか。レーベル『Doggy G Central』で一緒にやってる仲間、特にrice water Grooveも含めて、なんとなくの『シーン』みたいなものができてると思うから、俺たちが持ってる『身の丈』を、もっと広げていきたいと思いますね」と力を込める。

その意味でも、彼の作品には「平凡であること」「普通であること」への意思が通底しており、その「普通さ」を、ラップスキルという「努力で獲得できるもの」によってクオリティーを高め、「オリジナリティー」に接続し、「特別な存在」になっていくことを目指す道程を感じさせる。インフルエンサーでなくても、不良でなくても、着飾らなくても、オタクでなくても、「特別」でなくてもいい。それでも誰の言葉にも意味はあるし、その言葉を研ぎ澄ませることはできる。そしてその言葉はきっと誰かに届く。それは団地にも、田舎にも、都会にも。IKEのラップには、そういった希望を感じさせられるのだ。