宮本茂氏、ゲーム分野初の文化勲章「遊んでいる人を見るのが一番の楽しみ」
宮本茂氏、ゲーム分野初の文化勲章 会見で開発の魅力語る

任天堂の宮本茂代表取締役フェロー(73)が、ゲーム分野として初めて文化勲章を受章する。世界でゲーム機を8億7000万台、ゲームソフトを61億本以上送り出してきた同社で、ゲームプロデューサーとして人気作を手がけた。遊び手の気持ちを先取りしたゲームを創作し、文化振興に貢献したことが評価された。

「作り手として遊びながら作っている」

京都市の任天堂本社で開かれた受章の記者会見で、宮本氏は50年にわたって取り組んだゲーム開発の魅力を「作り手として遊びながら作っている。作ったものを遊んでいる人を見るのが一番の楽しみだ」と表現した。

宮本氏は金沢美術工芸大で工業デザインを学び、1977年に任天堂に入社。当時はボードゲームなど玩具が事業の中心だった。

「ゲームに興味のない人にも」

81年に手がけたアーケードゲーム「ドンキーコング」が世界的にヒットし、83年に発売した家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」で「スーパーマリオブラザーズ」や「ゼルダの伝説」といった任天堂の礎となるソフトを生み出した。「リビングの中心にゲーム機がある、という生活への関わり方が任天堂らしさ。ゲームに興味のない人にも興味を持たれるものを作ろうとしてきた」と振り返る。

3Dグラフィックなどゲームの技術の進化を受け、ゲーム機が複雑化すると、任天堂の成長も鈍化した。この時期は「ゲームをする人と、しない人との間についたてを感じていた」という。

宮本氏らは、ゲームに初めて触れる人も直感的に遊べる、シンプルな操作を目指した。試行錯誤の末、タッチ操作できる「ニンテンドーDS」(2004年発売)やリモコンを振って操作する「Wii」(06年発売)といったゲーム機を投入した。その開発思想は17年に発売された「ニンテンドースイッチ」にも引き継がれた。

日本の主要産業への成長に貢献

立命館大の中村彰憲教授(ゲーム産業論)は「マリオで形作られた、直感的に操作可能なゲームデザインは現在の制作でも受け継がれている。ゲームが幅広い世代に親しまれ、日本の主要産業へ成長したことへの貢献は大きい」と指摘する。

日本のゲームを含むコンテンツ産業の輸出額は約6兆円で、今や自動車産業(約22兆円)に次ぐ規模の基幹産業となった。

任天堂やゲーム大手各社は近年、映画やテーマパークなどIP(知的財産)の活用に注力する。宮本氏も映画の共同プロデューサーを務めている。「ゲームから生まれたキャラクターを見てもらえる場ができる。今は映画作りに夢中で、意欲のある間は色んなことを試したい」と将来を語った。