うつ病克服し松阪で夫婦で営む和食店「よりみち」、女将は神さま
うつ病克服し松阪で夫婦で営む和食店「よりみち」

松阪市本町の岡寺山継松寺の門前に、和食料理店「憩酒屋(いざかや)よりみち」を構えて2年余り。店主の伊藤良太さん(41)と女将のあかりさん(34)は、もともと三重とは縁もゆかりもなかったが、今ではしっかりと根を下ろしている。

うつ病を乗り越えた夫婦の歩み

あかりさんは大阪出身。2014年春に京都産業大学を卒業し、大手住宅メーカーに就職。配属面接で「ご飯とお酒がおいしいところならどこへでも行く」と答えて津市に赴任した。

その頃、交際していた良太さんはうつ病を患い、長野の実家で療養中だった。地元の高校を卒業後、京都で和食の修業をしていたが、中堅の立場にありながら技量が追いつかず、「下の子にいいように使われた」と精神的に追い詰められ、身長1メートル83、体重86キロの体は59キロにまでやせた。2013年頃のある朝、あかりさんの目の前で過呼吸に陥り、友人の強い勧めもあり「逃げるように長野に帰った」。当時28歳だった。

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離れ離れになっても恋愛は続いた。営業の仕事が軌道に乗ったあかりさんは2017年、「ご飯もおいしいし、人も優しい。三重においでよ」と良太さんを誘い、彼は津市に引っ越してきた。しかし、仕事は生活をつなぐだけのアルバイトに終始。料理人として再起してほしいと願うあかりさんの目には「ぶらぶらした毎日」に映り、「ちゃんと料理の世界に戻らんのやったら、結婚せえへんで!」と叱咤した。

松阪での再出発と再修業

言葉はきついが真心を感じた良太さん。その頃、2人は松阪市内で個性的な和食料理店を営む店主と知り合い、身の上話を聞いてもらい、「うちでやってみるか」と誘われた。一からやり直したいと頭を下げると、店主は「一も二も三もない。全部やってもらう」と本気で返し、「それができたら、店一軒を回すことぐらいどうってことないよ」と励ました。良太さんは「とことんまでやってやる」と心に火がついた。

2人は松阪市内にマンションを購入し、2018年4月に結婚。再修業の歳月は6年半に及んだ。松阪の店主は和食への固定観念がなく、和に洋を取り込みつつ中華も加えるスタイル。良太さんは「世の中には様々な考え方、見方があることを料理を通して学んだ」と振り返り、人としても料理人としても幅ができたと実感する。

父から受け継いだ料理の魅力

料理は元来、父親の趣味に感化されて始めた。東北出身の父が長野の山野に分け入り、地元の人が知らない山菜やキノコを採っては紹介し、喜ばれた。良太さんもまねをし、「人を喜ばせる料理」の魅力にとりつかれたのは小学3年生の頃だった。挫折はあったが「料理人への思いがぶれることはなかった」という。

季節の節目には少し長い休みを取り、夫婦で地方を旅して道の駅や市場を訪れ、いい食材を探しては地元の人に調理の仕方を教わる。その上で自分流にアレンジし、長野フェア、新潟フェア、秋田フェアなどを開催。メインカウンター7席で10人満席という小さな店だが、「感謝の思いを込め、松阪では食すことができない地方の料理を振る舞っている」と話す。

カウンターに込めた故郷の思い

大将自慢のカウンターは、長野・木曽五木の一つ「ネズコ(鼠子)」の一枚板をしつらえた。木工店で掘り出した故郷の逸品だ。木目に手を置いた女将は「お客さまに優しい笑顔でさすってもらうと、木にぬくもりと味わいが出てきます」とつぶやいた。

岡寺山の門前は「職人町通り」。2人がこれからどんな物語を紡いでいくのか、注目が集まる。

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